僕とシェパードくんの夏休み

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夏休み一日前<後半>

 お付き合い確定。
 彼氏と彼氏の関係になった第一歩として、僕は彼氏にお強請りしてみる。
「シェパードくん」
「シェパード?」
「悪い。噛んだ」
「かんだ・・・?」
 正しくは呼び間違えたなんだけど。
 ていうか、滅茶苦茶不審な顔をされている。
 何度か咳払いして誤魔化してみた。
 誤魔化されてくれただろうか?
「修吾くん。お願いがあるんだ」
「・・・なんスか?」
 身構えるシェパードくん。
 大丈夫だ。いくら僕でもいきなりエッチなお願いなんかしない。
 ・・・したいけど。
「僕の事はミヤって呼んでくれ」
 暫しの沈黙。
 不知火伊周【しらぬいこれちか】で、なんでミヤなんだろうかと思っているに違いない。
 見事に一文字も被っていない。
 だが、これが僕の本当の名前だから、彼氏には絶対にミヤと呼んで欲しい。
「駄目か?」
「いや、いいスけど」
「よし! じぁ、早速」
 カモン! と、いう風に胸の前で両腕を広げ、手の平を向けてみるが、ものの見事に沈黙が帰ってきた。
「呼んでみてくれないか?」
 催促するように手の平を突き出す。
「ミヤ・・・先輩」
「先輩は要らない」
「・・・ミヤ」
 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
 呼び捨てにされた!!
 イイ!!
 かなり!!
「ミヤ」
 ファーストインパクトに打ち震えている僕に、更なる追撃。セカンドインパクト!!
「なっなんだ?」
 思わず吃ってしまった。不審過ぎる。
「俺、十五時からバスケ部の練習あるんスけど」
「ああ。うん。そうだったな」
 夏休み期間中のバスケ部のスケジュールは完璧に抑えている僕は、今日も明日も明後日も練習がある事を知っていた。
 もう少し二人だけの時間を過ごしたいという気持ちをグッと堪えて、無理矢理笑顔を作った。
 勿論引き攣った笑顔になっているに違いない。
「じぁ、帰るか」
 上擦った声でそう言い、シェパードくんを家まで送って行く僕だった。





 神社からシェパードくんの家まで徒歩十分。
 何度か訪れている村上邸前で別れ、僕はそこからさらに十五分程歩いた所にある自宅へと向かった。
 途中、木々生い茂る市民公園前を通り過ぎる際、見覚えのある姿が見えた気がしたのでユーターンした。
 公園に入り、薄汚れた木製のベンチに近付くと、そこには鞄を枕にし寝ている某有名高校の制服を着た見事な美少年の顔があった。
 太陽の日に透かされ、キラキラ光るプラチナベージュ色した長めのショートカット。
 滑らかな頬に品の良い鼻梁。ふっくらとした柔らかそうな唇。
 全てのものを拒絶するような切れ長で煌く漆黒の瞳・・・は残念ながら死んだ魚の目そのものだった。
 惜しい!
 瞳さえ閉じていてくれれば、文句無しの美少年だったのに!
 ていうか、ベンチで横向けで寝ているのはいいけど、目が開いていると怖いって!!
「黒猫くん。生きてる?」
 もしかしてを想定し、生死の確認。
 返事は返ってこない。
 恐る恐る手を鼻付近に近付けてみる。
 ・・・・・・!
 息していないしぃーーーーーーーー!!
「うおぉぉぉぉぉぉ! 黒猫くん死ぬなーーーーーーー!」
 横向きの顔を上へ向かせ、人工呼吸の措置をとろうとしたその時だった。
 頭皮に激しい痛みが走った。
「ウザイ」
 僕の祈りが天に通じたのか、死んだはずの黒猫くん・・・元い、椚連次【くぬぎれんじ】くんが生き返った。
 そして僕の髪を鷲掴み、力一杯引っ張っている。
「勝手に殺すな。つーか、普通に息してただろうが!」
「なっ、何を言っているんだ黒猫くん。それじぁまるで僕が人工呼吸をしたいが為に、指先に感じた息っぽい何かを無視したみたいじゃないか!?」
 まぁ、無視したんだけど。
 兎に角、頭皮が痛いので手を離して欲しいと要請。
 僕がこれ以上三文芝居する気がないと分かったからか、黒猫くんはすんなりと手を離してくれた。
 痛痒くなった頭をさすっていると、黒猫くんは横たえていた身体を起こした。
 座るスペースを作ってくれたのだろうか?
 それとも僕の奇襲に備えて起きただけだろうか?
 後者の確率が高いな。
 僕は持っていた鞄をベンチ横に置き、とりあえず黒猫くんの隣に座ってみた。
 眼前には大きな噴水。
 マイナスイオンが出ているからか、なんとなく気分が落ち着く。
 昼だからか、公園には人影がないのでさらに落ち着く。
「ところで黒猫くん。こんなところで何しているんだ?」
「息」
 察するに、この先にある黒猫くんの通う学校から自宅へ帰る途中、力尽きこの公園で小休憩を取っているんだろう。
 黒猫くんは人一倍疲れやすいのだ。
 心と身体が。
 何故なら黒猫くんの家系は、その昔・・・
「おい。勝手に人の事情並べるなよ」
「おぉう! 人のモノローグを勝手に読むな。てか、何時からエスパーになったんだ!?」
「読んでないし、エスパーでもない」
「じゃあなんで?」
「お前透けてんだよ」
 マジで!?
 単純バカで底が浅いと言われたようで、ちょっとショックだ。
 心にダメージを受けたので、話題を変える事にする。
「ところで、この間はありがとうな」
「この間?」
「ほら、僕の心の王子、シェパードくんの妹を探し当ててくれただろ」
 そうなのだ。
 この死んだ魚の目をした美少年が、一ヶ月前シェパードくんの妹を救出するのに一役買ってくれた≪探し物屋≫さんその人なのだ。
 詳しい事を語ると、また待ったがかかるかもしれないので、今はこれ以上は語れないが、いずれそのうち。
「ああ。別に金貰ってんだから礼なんかいいよ」
「いや。凄く助かったし、感謝しているからさ礼を言いたいんだよ」
「いらない」
 無感情に、無表情で言われた。
 照れ隠しではなく、本心からいらなそうだ。
 うぅ〜ん。
 寂しい。
「金さえ払ってくれれば、お前は依頼人であり、お客であり、顧客だ。それ以上でもそれ以下でもないから気にするな」
 客以外の何者でもないらしい。
 てか、それ以外のポジションは与えていないと聞こえるのは僕の被害妄想だろうか?
「黒猫くん。僕たち友達だよな?」
 僕の問いに、黒猫くんは表情で見事に答えてくれた。
 言葉に変換するなら、何言ってんの、正気? である。
 何だろう。この気持ち。
 抱きしめてキスしたい。・・・みたいな?
 僕の心の声を感知したのか、常に死んだ魚の目な美少年はその瞳に光を灯し、鋭く睨みつけた。
「今、ふざけた事考えただろう?」
「いや、本気でその素敵な顔にちゅ〜を・・・っておわぁ!!」
 見事な右ストレートが飛んできた。
 なんとか初弾を避けた僕は、次に備えてベンチから立ち上がり、後退る。
「お前。公園の肥料になれ」
「ちょっと待・・・」
 てはくれなかった。
 それから暫く、じゃれあいと言うには乱暴で激しいコミュニケーションの時間。
 十分が過ぎた頃、黒猫くんは肩で息をしていた。
 恨めしそうに僕を見ている。
 全部避けたからって、そんな目で見なくてもいいだろうに。
「・・・もう・・・お前・・・俺の目の前から消えろよ」
 つれないセリフだが、致し方ない。
 黒猫くんの達ての願いを叶える為、制服の埃を軽く掃い、ベンチ横に置いていた鞄を持った。
「美少年がこんな所で寝ていると変態に襲われるからな。僕が去った後、速やかに帰るんだぞ」
 黒猫くんは煩わしそうに僕を見て、重い溜息を吐いた。
「今日は既に変態に出くわしたから、大丈夫だろう?」
「何!? 変態に遭遇したのか! 何かされてないか?」
「疲れさせられた」
「疲れるような事されたのか!?」
「これ以上疲れさせんな!!」
 ・・・ん?
 変態って、もしかして僕か?
 僕の事かぁ!?
 心外だ。
 僕は気に入った人間に動物の名前のニックネームを付け、勝手に心の中で呼び、好きな人と一緒に帰るために毎日朝夕待ち伏せしたり、しかも一緒に帰りたいが為に近所に引っ越してみたり、まぁ色々と調べまくっているだけのただの同性に恋している普通の高校生だ。
 残念な事に、変態の言い訳にしかならなかった。
 侘しくなったから、帰ろう。
 別れの挨拶をする為に右手を上げた時、一つ報告があった事を思い出した。
「そうそう。黒猫くんのおかげで、シェパードくんとお付き合いする運びとなったよ」
 ありがとう―――再び礼を述べ、踵を返し、歩き出した。
「ミヤ」
 呼び止められ、半身で黒猫くんを見る。
「せいぜいあがけよ」
 黒猫くんはベンチに横向けで寝そべりながらそう言った。
 僕は応援の言葉を貰い、顔が綻んだ。
「サンキュ」
 三度目の礼を言い、今度こそ公園から出て行った。
 十分程歩くと今年から住み始めたマンションに着いた。
 自分の部屋の前に行き、部屋のドアノブへ手をかけた時、となりの部屋の戸が開いた。
 中から銀色の短髪。目つきの悪い三白眼の少年が人を食ったような笑みを浮かべ出てきた。
 左手にはトレードマークのナイフを持ち、空中に放っては受け取るを繰り返している。
「よう」
「どーも」
 少年はちらりと僕の顔を窺った。
「なんかいい事でもあったか?」
「まぁ、色々とね」
「へぇー」
 自分から聞いたくせに興味なさそうな返事だった。
 ゲーセン行こう―――と小さな独り言を呟くと、僕には目もくれず歩いていった。
 隣人、バツの後姿を見送り、僕は部屋に入った。

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