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感じる事の出来ないモノ

−3−

 身体血液が駆け巡っているようだ。
 体温が上がっているのが分かる。
 皮一枚薄くなったかのように何処もかしこも敏感になっている。
 酷く心細い・・・
「即効性の薬だって言っていたけど本当なんだ・・・」
 薬の効果が表れ始めた俺の頬を突付きながら言った。
 以前付き合いのあった女と、ふざけ半分で媚薬入りのチョコを食った事がある。
 その時は感じもしないのに身体が反応して驚いた。
 今も同じ状態であるが驚きはしない。
 知っている事だから・・・
 心と身体は別のものだと・・・
 どんなに身体が反応しても心は何時も冷めている。
 どんなまねをしても感じはしないのだ。
 俺の心は・・・
 だが、そんな事はコイツにとってはどうでもいい事だろう。
 何時もは生き人形のように無反応なのに比べ、今日はさぞや楽しい玩具になる事だろう。
 おもちゃ・・・
 出合った時からずっと俺はコイツの玩具だった。
 出合った当初は、体格は晃の方が良かったし本妻の子と言う事もあって立場も上だった。
 志野原の家で弱い俺を守るものは何もなく、与えられる事はどんな理不尽な事でも受けなければならなかった。
 志野原に住まう人間は俺を徹底的に無視し、晃は俺を遊び道具とした。
 遊んでいる立場のアイツは楽しかっただろうが、俺はただ辛かった。
 蔵に閉じ込められては泣き。
 池に落とされては泣き。
 紐で縛られ、裏庭に放置されては泣き。
 泣きながら“お願いですから止めて下さい”と縋った。
 だか、アイツは俺が泣けば泣くほど・・・頼めば頼むほどに満足そうに笑った。
 そして俺は子供ながらに学習した。
 反応を返せばアイツが喜ぶだけだと・・・
 アイツから興味をそぐためには反応しない事。
 感情を殺し、何も感じないようにするのだと・・・
 そう思い、実行した。
 最初は無抵抗、無反応でもお構いなしに遊んでいたアイツも次第に面白みに欠ける事に気付き俺に構わなくなった。
 そうしているうちに俺は成長し、アイツよりも立派な身体つきになり、力では負けないまでになった。
 運動神経は恵まれたものがあったから、真剣勝負をしたら負けない自信あった。
 それをアイツも知っていたから、ちょっかいをかけても無茶はしなかった。
 昨日までは・・・
 今現在、俺は晃によって両手を縛られ、媚薬を飲まされ全ての自由を奪われている。
 俺をどうするつもりなのか訊きたくもないし考えたくまなかった。
 何時もなら途中で飽きてもらえるが今日は反応が返って来るのだ。
 途中で止めたりしないだろう。
 薬さえなければコイツに負けたりはしないのに・・・
 いや、他人に薬を盛られ諦めてしまった時点で終わっていたのだ。
 どの道こうなる運命だった。
 他の誰かから晃に代わっただけの話だ・・・
 される事は同じ。
 似たような事なら以前女にやられている。
 大した事ではなかった。
 何でもなかった。
 大丈夫だ・・・きっと・・・
 そう、自分に言い聞かせて目を閉じた。
「観念しちゃったの?」
 応えずに顔を背けた。
「逃げてくれないんだ・・・つまんないの」
 つまらないと言ったわりには声は楽しそうに弾んでいた。
 晃の顔が近付く・・・
 耳に息がかかり濡れた舌先で輪郭をなぞるように耳をなめられ、耳朶を優しく噛まれた。
 何も感じないのに身体は強張る。
 アイツの唇は色んな所にキスをして行く。
 瞼に・・・
 頬に・・・
 唇に・・・
 首筋に・・・
 その度に身体に緊張が走り反応を返してしまう事が怖かった。
 自分の意思とは関係なく快楽も苦痛も無いのに反応する身体が
 自分の身体でないみたいで心細くて泣きそうだった。
 泣けばコイツを楽しませるだけだと分かっていたから
“泣かないように、泣かないように”とそればかりを思った。
「凄いね。ココもうこんなになってる」
「あっ!!」
 股間を弄られて思わず声が出てしまった。
「不感症でもココは感じるんだ?」
 嬉しそうにアイツは笑った。
 何時もなら感じるように持っていくのに凄い集中力がいるのだ。
 だから集中さえしなければ決して感じたりしないのに・・・
 クソッ!!
「こんなに可愛い貢が見れるんだったらアイツ等のお仕置き、もう少し軽くしてやれば良かったかな」
「アイツ等って・・・俺に薬を持った奴等に何かしたのか!?」
 薬の所為か声が僅かに震えた。
「当たり前だろ。貢に危害を加えようとした奴等だもんそれなりにはしたよ」
「殺してはないよな?」
 何処の誰とも分からない連中だが、死んでもらっては寝覚めが悪いので一応訊いてみた。
 するとアイツは軽く溜息を吐いた。
「あんなの殺さないよ。ただ、二度と僕達に関わりたくないと思って貰えるように誠心誠意尽くしてきたけどね」
 楽しそうに悪魔が笑う。
「こんな時に他人の心配なんて余裕だね」
 言いながらアイツは俺のズボンのファスナーを下ろした。
「どうして欲しい?」
 触るな!
「ねぇ、おねだりして見せてよ」
 放っといてくれ!!
 俺の願いがコイツに届く訳もなく細く長い指は俺自身に絡みつけられた。
 声が出ないように歯を食い縛って目を瞑った。
 声など出さなくてもこの反応だけでコイツを喜ばせるに違いない。
 分かっていても無反応を決め込む事は出来ない。
 鳴きそうになる。
 泣きそうになる。
 細く長い指が卑猥に俺を弄ぶ。
 鼻も口も塞がれてはいないのに息をするのが苦しい。
「鳴いて」
 甘く強請るように囁くと空いている方の手の指で無理矢理口を割らせ強引にキスをした。
 歯を食い縛る事で殺していた声が漏れる。
「・・・ふ・・・っ・・・ぅ」
 声を聞かれるのが恥ずかしいなんて可愛い精神は持っていない。
 世界中の誰に聞かれても全然構わない。
 だが、コイツにだけは嫌だった。
 コイツに良いようにされるのは嫌だった。
 コイツを楽しませるのは嫌だった。
 コイツを喜ばせてしまうと二度と放してはもらえない気がして嫌だった。
 晃よりも体格が良いのに・・・
 力もあるのに・・・
 ケンかをすれば勝つ自信があるのに・・・
 それでも俺はコイツが怖いのだ。
 身体に染み込んでしまっている恐怖。
 まるで呪いにでもかかっているかのようだ。
 呪術者は笑う。
「凄いね。また、硬くなったよ」
 口を解放したと思えばくだらないセリフを吐きやがる。
 言葉責めなんか効くものかと、言ってやりたいのに言葉が出ない。
 ただ、息が荒くなっていくだけだった。
「可愛いなぁ貢は・・・」
 言いながら胸元に唇を這わせる。
 生暖かい舌が胸に当たっているのが分かる。
 感じないのに身体が応える。
 嫌なのに・・・
 身体は震え、熱を増す。
 熱隠り硬くなったソレをアイツは容赦なく追い詰めた。
 ヤバイと思った次の瞬間、解放感が襲った。
 乱れた息を整えながら目の前に君臨している悪魔を見た。
 アイツの手が、俺の放ったモノで汚れているのを見て情けなくなった。
 情けなくて涙が出た。
「悔しい?」
 何時もの人を食った口調とは違い、真面目な声で訊いてきた。
 晃はベッドのサイドテーブルからタオルを取ると手を拭き、次に俺の身体を拭いた。
「今の最低な気分を忘れないでね」
 何時もの悪魔のような微笑はない。
「感じなければない事と一緒なんてただの思い込みなんだよ。あった事はなかった事にはならない。なかった事にしようと記憶の奥に閉じ込めたって何時か蓋は開いちゃうよ。ある日突然、簡単にね」
 自嘲気味に笑いながら言った。
 まるで自分には覚えがあると言うような意味ありげな笑い。
 コイツはコイツで糞垂れな人生を送っている事を知っている。
 俺は愛人の子として冷遇されて来たが、晃は本妻の子として特別待遇されきたのだ。
 何度も誘拐されたと聞いている。
 その時に何があったなんてなんとなく想像出来る。
 なかった事にしたくなるような事をされたのだろう。
 可哀想にと同情かける立場に俺はいない。
 ずっと虐められてきたのだから・・・
 だが、ざまを見ろと笑えもしない。
「言いたい事は分かったからいい加減手を解けよ」
「どうしようかな・・・まだ、貢の冷めてないようだからもっと虐めたいなぁ〜」
 意地の悪い微笑を浮かべながら俺のモノを摩った。
 身体を震わせ、表情を歪ませるのを見てアイツは俺を跨ぐようにして上に乗った。
 熱を持ったままの俺自身を避けるように下っ腹に座ると、晃の尻が俺のモノに当たった。
「入れさせてあげようか? 手なんかより気持ち良いよ」
「お前相手に気持ち良くなんかなれるかよ」
 悪態を吐いた。
 正直冗談じゃないと思っていたから・・・
 するとアイツは、俺の首に両手を巻き付け抱きしめた。
「気持ち良くなれないかぁ・・・」
 寂しそうに呟いた。
 巻き付けた手に力が隠る。
 さらに密着する身体からある事実を知る。
 アイツの性格なら自分が俺に入れる事を望むはずなのに、何故俺に入れさせてあげようか等と言ったのか分かった。
 アイツの身体はずっと冷めたままだったのだ。
「僕は貢が好きだから貢を弄れて楽しかった。でも、貢は僕が好きじゃないから・・・。何かが足りないんだよね。何が足りないんだろう?」
そんな事は俺が知るはずもない。
「自分が好きな人が自分を好きになるって奇跡みたいな事だよね?」
 らしくない発言だった。
 酷く弱気な・・・
「両想いの相手とするってどんな感じだろう? 幸せを感じるのかな?」
 それは・・・
 俺が何時も考え、想像し、諦めている疑問だった。
「どんな感じがすると思う?」
 そんな事俺に訊くなよ。
 俺は今まで誰かに愛されたり、愛したりした事なんかない。
 多分これからもそんな相手は現れなだろう。
 現れるなんてどうしても思えない。
 俺を愛するヤツ・・・
 俺が愛するヤツ・・・
「寂しいね」
 独り言のように呟き晃は身体を振るわせた。
 顔を俺の肩口に乗せている為、コイツの顔は見えない。
 もしかして泣いているのだろうか?
 何時も不敵で傲慢なコイツが泣いている?
 そう思ったら、ほんの少しだけコイツを抱きしめてやりたい気持ちになった。
 だが、俺の手は縛られたままだったのでそれは叶わなかった。
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