優しい匂いシリーズ

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白い記憶・黒い染み-10-

委員長と運転手の後を大人しく付いていくと、ガレージ着いた。

当たり前のように高級車がずらりと並んでいる。

「どの車でお送りしましょうか?」

どの車に乗りたい? と、運転手に目を輝かせながら聞かれてもな。

これが車好きなら垂涎ものの質問なんだろうけど俺は車に興味ないし、此処にある車ならどれも乗った事がある。

「どれでもいいよ」

面倒くさそうに答えたが運転手はテンションを下げるどころか、目を輝かせ車を選び出した。

「ポルシェかボルボかな」

今にも鼻歌を歌いだしそうな運転手に対し、黒縁眼鏡の委員長は一言。

「ポルシェにしなさい」

そう言い切った。

平坦な声と無表情から勧めているのではなく、何でもいいから早く決めろと言う気持ちが汲み取れた。

何故なら俺も同じ気持ちだったから。

主人の勧めに従う事にしたらしく、運転手は紺色のポルシェへと乗り込んだ。

ガレージから車を出し、俺達の前で止めると運転席から出てわざわざ後部座席のドアを開けた。

「どうぞ」

「どうも」

溜息交じりに返事をし、車へ乗り込もうとしたところで忘れ物を思い出し、足を止め男へ振り返った。

「迷惑かけて悪かったな。色々助かった」

ふてぶてしい物言いで誠実さのかけらも無い謝辞だったが、男は眼を見開き、困惑或いは驚きの表情で俺を見た。

俺のような男に礼を言われるとは思ってもいなかったのだろう。

男が言葉を紡ぐまでに妙な間があった。

「人として同然の事をしたまでです」

俺は形ばかりの会釈をすると、車に乗り込んだ。

その際男が言葉を発した気がしたので、ドアを閉めると窓ガラスを下げた。

「なんか言ったか?」

「別に、何でもありません」

男が眼鏡の位置を直し、頷くと発車の合図と受け取ったのだろう。

静かに車は動き出した。

じっとりとした速度で庭内を進み、立派な門を潜り車道へ出た時だった。

既視感を感じ、建物をまじまじと見ると、薄暗い建物の外観に見覚えが確かにあった。

何時何処でかを無意識に記憶を探ると何故か気持ち悪さを感じ、吐き気が込み上げてきた。

俺は慌てて口元を手で多い息を飲み込み、歯を食い縛り堪えると、それ以上記憶を探るのを止めた。

息を殺すようにし吐き気を沈め、俺は後部座席に埋もれた。

「顔色がお悪いですが大丈夫ですか? なんなら戻りますか?」

気配でか、バックミラーでか俺の異変を感じだ男は声をかけてきた。

返事をするのは億劫だったが、無視すると委員長の家へ戻され兼ねないので仕方なく重い口を開いた。

「戻らなくていい。このまま俺を拾ったところまで運んでくれ」

「本当に大丈夫ですか?」

「いいから行けよ!!」

運転席の背もたれ部分を何度か蹴飛ばし催促すると、俺など心配するだけ無駄と悟ったのかそれ以上は何も言わずに運転を続けた。

俺は自分自身を抱きしめるように右手で左の二の腕を左手で右のわき腹辺りを掴み後部座席に埋もれていると、小刻みに身体が震え出した。

震えは次第に大きくなり、歯の付け根が噛み合わさなくなった。

夏だというのに身体の温度が下がり、寒くてその所為か酷く心細く不安になった。

誰かに・・・

光にしがみ付きたい。

震える身体を抱きしめて安心させて欲しい。

光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい!光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい!光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい!光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい!光に会いたい!光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい! 光に会いたい!

光に会いたい・・・

光に・・・

会いたいが、会うという事はヤルという事だ。

覚悟は・・・まだ出来ていない。

正直怖い。

嫌われたらと思うと身体が竦む。

けれどこれ以上・・・

今の不安定な状態を光なしで乗り切れる気がしない。

男の身体を目の当たりにして萎えられたら・・・

不干渉な身体をつまらないと呆れられたら・・・

愛があれば大丈夫だとリーゼは言っていたが、絶対ではない。

自分に自信のない俺は光にどう思われるか分からず、怖い。

怖いが、光に会いたい。

会って、体温を感じて、鼓動を感じたい。

優しい匂いのする胸に顔を埋めグズグズに甘え、グラ付く精神を立て直したい。

光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・
光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・
光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・
光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・
光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・光・・・

光の事で頭が一杯になっていた時だった。

不意に車が止まり、後部座席のドアが勢いよく開いた。

「大丈夫ですか!?」

運転手が青い顔をして俺を覗き込んできた。

「何処か痛いのですか?」

質問に答えずにいると運転手勝手にうろたえ出し、戻るかそれとも近くの病院へ連れて行くかを思案し始めた。

「おい」

「はい?」

「誰が車止めろって言った?」

「はぁ?」

「はぁ?・・・じゃねぇ。 さっさと車出せよ!」

「いや、でも、具合悪いんじゃ・・・」

「何言ってんだ?」

「何って・・・青い顔して泣いているじゃないですか」

言われて気付いた。

俺の眼が取りとめも無く涙を流している事に。

「・・・でもねぇよ」

「はい?」

「こんなの何でも無いからさっさと車出せって!」

催促するように、前部座席を容赦なく蹴飛ばした。

「ちょっ! 止めてください!!」

静止の言葉を無視し、何度となく蹴り続けていると運転手は慌てふためき運転席に戻った。

「なんて人なんだ」と、愚痴を零しながらシートベルトを締めると、やはりブツブツと憤懣を零しながら車を発車させた。

名車になんて事をするのだと、汚れはまだしもシートに傷が付いていたらどうするつもりだと溜息と苛立ち混じりの言葉をそ知らぬ顔で聞き流していると、運転手はわざとらしい盛大な溜息を吐いた。

「具合の悪い人にこんな事は言いたくありませんが・・・あなたねぇ。志野原さん。この車は大旦那様の物なんですよ」

へぇ。

「雅孝さんの用で車を出して傷が付いたら私はいいとして、雅孝さんに迷惑がかかるとは考えないのですか!?」

「修理代払えばいいんだろ?」

「修理代云々の話じゃありませんよ! いいですか・・・」

運転手がさらに小言を言おうとした時だった。

赤く縁取られた黒い看板に黄色の文字。激安の文句と可愛いのか可愛くないのか微妙なマスコットの書かれた建物が眼に入った。

「車止めてくれ」

運転手は反射的に車を止めると、苛立った声で問うた。

「出せとか止めろとか忙しい人ですね。気分でも悪いんですか?」

「あんたさぁ、そこのディスカウントストア行ってコンドーム買ってきてくれない?」

運転手はこちらに向き直ると信じられないものでも見る眼で見た。

「コンドームってあのコンドームですか? 性行為の際に使用する?」

「それ以外のコンドームがあるのかよ」

「そんな状態で何言ってんですか。安静にしなきゃ駄目なんですよ!」

「いいから買って来てくれよ。ついでにジェルも。俺匂いが付いているやつとかあんまり好きじゃないから、無臭のやつな」

ケツポケットから財布を取り出し差し出すと、運転手は引き攣った笑顔で「自分で行けば?」と言った。

「別に自分で行ってもいいんだけど。ほら、俺具合悪いし」

「具合悪いなら必要ないでしょうよ!」

「必要ないかも知れないけど、用意しておきたいんだよ。男なら分かるだろ?」

「分かるわけねーだろ!」

「分からなくてもいいから買ってきてよ」

「断る!」

頑なに断る運転手の気持ちを変える為、再び前部座席を蹴飛ばす。

「お前!!」

怒りに任せて胸倉を掴むと凄まれた。

奥歯を食い縛り殴りたい衝動を堪えているようだった。

殴られれば光に余計な心配をかけてしまう。

それを避けるべく運転手の忠誠心を利用する。

「ケンカするのはいいけどよ、顔を腫らして帰ったら眼鏡が心配するんじゃないか?」

運転手は眉間のしわを更に深くすると舌打ちし、掴んでいた胸倉を乱暴に放すと俺の手から乱暴に財布を引ったくり、文句を言いながら電光が煌々と輝く看板を掲げた店へと歩いて行った。

数分後、運転手は中身が透けないようにと店側が気を使っただろう黒いビニール袋を片手に戻ってきた。

ドアを開けると手にしていた袋を俺の膝に落とすように投げ入れ、続けて財布を投げてよこした。

「どーも」

礼の言葉に対し、使いパシリにされた運転手は無表情なまま「ヤリ死ね。つーか複上死しろ!」と、呪いの言葉を吐き捨て運転席へ戻って行った。

表情の険しさと不機嫌なオーラとは裏腹に車を静かに発車させると繊細な運転で走らせた。

夜ということもありストレスなく進み、三十分くらいすると見覚えのあるアーケードが見えた。

車を道路脇に寄せると「着いたぞ」。

敬語を使うに値しないと判断したらしい運転手はぞんざいな口調で言った。

「ご苦労さん」

目上である運転手にわざと皮肉を込めて言うと、黒いビニール袋を片手に車から降りた。

手を顔の位置まで挙げ別れの挨拶をすると運転手は忌々しそうに見るだけだった。

俺はドアを閉めると重い身体を引きずるようにしてアーケードに向かい歩きだした。

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