[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
I
NDEX
優しい匂い
光サイド-5-
学校から帰ると、店の前にトラックを止め、酒瓶の入ったケースを竜也兄さんが積み込んでいた。
俺は急いで着替えると、兄さんの手伝いをした。
トラックに乗り込み、得意先を回って行った。
何のトラブルもなく順調に荷降ろしは進んでいき、このまま行けば二十時には店に戻れるはずだった。
だが、最後がいけなかった。
クラブ経営をしている叔父の所へ酒を降ろしに行くと、必ず捕まってしまうのだ。
まぁ…面白いからいいのだけれども…。
ただ、その間父が1人で店番をしなければいけなくなるので、なるべく早く帰ってあげたかった。
その事を叔父に伝えると例の如くオーバーアクションで
「お前達は何て心の優しい子達なんだろうね。僕はお前達ほど愛しい存在を知らないよ! 僕の事はいいから早く帰ってあげなさい!!」
っと言った。
なんだかんだと言って、解放されたのは二十二時に近い時間だった。
叔父のテンションに少々疲れた様子の兄さんはトラックの前まで来て
煙草に火を付け、煙と一緒に溜息を吐いた。
「帰るか…」
促されて俺はトラックに乗り込んだ。
兄さんは加え煙草をしながら慣れた手つきでステアリングをきった。
疲れているのか、暫くの間竜也兄さんは無言のまま運転していた。
対向車のヘッドライトをまぶしそうに目を細める以外は無表情だった。
「余程良い事があったんだな…」
突然言われ、俺は驚いた。
「何…?」
兄さんは正面を向いたままチラッと目だけを俺に向けた。
「顔が緩みっぱなしだぜ…お前」
「えっ!?そうかな…」
アハハ…と笑い、誤魔化したが、確かにそうかもしれない。
先輩に見つけてもらった事がとても嬉しくて、顔の筋肉が緩みっぱなしだった気がする。
「志野原がどうかしたのか?」
先輩の名前を出されドキッとした。
「何で…分かったの?」
赤信号で止まったのをいい事に兄さんは顔をこちらに向け意味ありげに微笑んだ。
「さてね。なんでかな…」
答えをはぐらかされ心が落ち着かない気がした。
運転中暫く無言で無表情だったのは疲れていたからではなく、俺を観察していたのかもしれない…。
そんな事を考えているとトラックは信号もない場所で止まった。
見れば駐車場の入り口に着いていた。
「あれ?車止めないの?」
「忘れた…」
「何を?」
「伝票忘れて来た…俺はこのまま戻って取ってくるからお前は先帰ってろ」
俺を降ろすと兄さんはUターンして叔父の店に向けてトラックを走らせた。
トラックが見えなくなり、俺は街灯の少ない暗い道を家に向かって歩き出した。
店まであと数メートルの距離だった。
半分まで閉まっているシャッターを潜って店から人が出て来た。
店の灯りに照らされている人物の顔を見て驚いた。
「先輩!」
嬉しさのあまり大声で呼んでしまった。
志野原さんが目の前に居る。
学校以外の場所で会う事なんて無いと思っていたからとても嬉しくて、手を振ってみるが、気付いているのかいないのか先輩は無反応だった。
暗がりの所為で俺の顔が分からないのだと察し、俺は小走りで先輩に近付いて行った。
店の明かりの中に入り照らし出された俺の顔を見ても先輩の反応は無かった。
ただただ不思議そうに俺を見つめるだけの目の前の人に、俺は色々言葉を投げかけてみたが、志野原さんは一言も言葉を発しなかった。
・・・。
まさかとは思うが・・・昼間の事を怒っているのだろうか?
いくら気持良さそうに眠っていたからといって、そのままにしていったのは良くなかったかもしれない。
屋上での事を切り出してみた。
すると、漸く志野原さんから反応が返って来た。
志野原さんは怒っていた訳ではなく、俺が分かっていなかったらしい・・・
俺も迂闊だった。
傍で眠っていたからといって完全に俺を認識してくれたわけではないのに・・・
「志野原先輩があまりにも気持ちよさそうに寝ていたもんだから・・・
授業遅刻しちゃいましたよね?すみません」
「放課後まで寝てたよ」
チャイムの音で目を覚ますと思いそのままにして行ったので、放課後までずっと置き去りになっていた志野原さんに対し、申し訳ない気持になり俺は頭を下げまくって謝った。
「授業サボるのは何時もの事だから気にしなくていい」
志野原さんは優しく笑った。
「え?怒っているんじゃ・・・」
「怒ってなんていないよ。それどころか感謝しているんだ」
志野原さんの口から『感謝』と言う言葉を聞くとは思わなかったので、心底ビックリした。
「感謝?俺何かしましたっけ?」
「まぁね」
志野原さんは意味ありげに笑った。
昼休みに俺が屋上で眠っていた事で志野原さんに何か影響を及ぼしたのだろうか?
ただ屋上で眠っていただけの男をこの人が認識するとは考え難い・・・
分からない。
何故俺だったのだろう?
・・・いくら考えても俺の中に答えなどあるわけもなく、それとなく探りを入れてみる事にした。
「志野原先輩眠れるようになったんですね」
志野原さんは目を見開き驚いているようだった。
「なんで俺の名前なんか知っているんだ?」
俺は心の中で笑った。
この人にとって俺とは屋上で会ったのが『初めて』だった。
そんな人間が自分の名前を知っているわけが無いと思っている。
こんなにも目立つ人なのに・・・
人を惹きつける存在なのに・・・
自分がそうであるように他人も自分に興味など無いと思っているのだ・・・
「だって志野原先輩目立つから・・・」
そう言うと志野原さんは手で顎に触れ考えるようなポーズをとった。
本気で不思議がっているようだった。
「先輩かっこいいから女子の間ではFan倶楽部とかあるんです」
教えてあげると志野原さんはポカンとした。
噴出したかと思ったら、からかうように「お前も入っているのか?」と訊いてきた。
俺は慌てて否定したがその反応を楽しそうに見ながら何か考えているようだった。
何かを言いたそうに口を開きかけるが直ぐに口を閉じ目線を外した。
不安そうな顔・・・
初めて見る志野原さんの表情に俺の心は落ち着かなかった。
志野原さんは下唇を噛むと意を決したように重い口を開いた。
「お前これから暇?」
「はい?」
志野原さんは俺の反応を窺いながら話を続けた。
「バイトをしないか?」
「バイトですか?これから・・・」
一体何を申し出されるのかとても楽しみだった。
この人に頼まれれば自分に出来る事なら何でもするつもりでいたから・・・
志野原さんを真っ直ぐに見つめ次の言葉を待った。
志野原は言い辛そうに少し間を取ってからじっと俺を見据え「俺と寝て欲しい」と言った。
俺は驚いた。
今日は驚く事ばかりだ。
最初は何時の間にか傍らで志野原さんが寝ていて、次に店の前に志野原さんが現れ不安な表情をする志野原さんを見て、そして、『寝て欲しい』と頼み事をされた。
頼み事の内容にも驚いたが、この人が人に頼み事をする事が想像出来なかったので、不慣れに頼み事をする姿に驚いた。
勿論『寝る』の意味に性的なものなど含まれていないだろう・・・
ただ眠りたいだけなのだこの人は・・・
よく知りもしない俺に頼む程この人は追い詰められいてる。
不安げに俺の返事を待っている志野原さんが酷く可哀想に思えた。
俺がバイトを受ける事を告げると志野原さんはピンと張り詰めた緊張を解いたのが分かった。
志野原さんに案内されて彼の家まで来た。
10階建ての白いマンションは住人もしくは住人に招かれた人間しか入れないように
一階の正面玄関は大きな硝子の扉で閉じられていた。
志野原さんは慣れた手つきで部屋番号を押し鍵を押入れ、回した。
ガチャ!
鍵の開くのと同時に扉を開け建物に入った。
エレベーターに乗り五階で下りると志野原さんの部屋まで直ぐだった。
部屋に入ると志野原さんは俺を玄関に残し奥の部屋へ消えて行った。
暫くして戻って来た志野原さんの手の中には何かが握り締められていた。
「先に払っておく」
そう言って差し出されたのは三万円だった。
「何ですかこれ?」
「俺と寝てくれる代価」
「こんなに沢山・・・」
俺が考えていたよりもずっと多い金額に正直驚いた。
「金なら幾らでもあるんだ気にしなくていい」
「バイトそんなにしているんですか?」
「バイトなんかしていないよ。月に30万小遣いとして貰ってる。催促すれば幾らでも貰えるんだ・・・」
志野原さんとお金の関係に気持悪さを感じた。
「俺、そんな金要りません」
金を突っぱねる俺を信じられないモノを見るように志野原さんは見ていた。
「自分で稼いでいない金は受け取りたくないし、働いていない人から金なんか貰いたくないです」
「最初にバイトだって言っただろ。金の為に俺と寝る事を了承したんじゃないのか? それとも他に目的でもあるのかよ・・・」
「他の目的?」
「例えば・・・俺とか・・・」
この人は見た目とお金がある事で得もしてきたけど、損もしてきた人なんだと思った・・・
自分に近寄ってくる人間は顔か金のどちらかにしか、用の無い人間だけだと頑なに信じている。
そうではないのだと・・・
損得無しに付き合いを望む人間がいる事を知って欲しかった。
「そうですね。先輩が目的です」
そう言うと志野原さんは「はっ・・・」っと笑い顔を歪めた。
その表情はとても悲しそうで寂しそうで・・・
今にも泣き出しそうな顔だった。
「先輩は不眠症だと聞いていたのに、俺の傍で気持ち良さそうに寝ていたから、誰かか傍にいれば眠れるのかと、男の俺に添い寝頼むくらい切羽詰っているみたいだから、少しでも先輩の役に立てればと思ってきたんですけど・・・」
俺がココに来た訳を聞く度に・・・
「金の為に来たと思われていたんですね。金を出せばなんでもする男だと・・・」
志野原さんの表情は失われていった。
次第に顔色は青ざめていき目は見開かれ俺を見つめていた。
ただその目は何処か遠くを見ているようだった。
志野原さんの様子がおかしいのを感じて何度か呼びかけてみたが、反応は帰って来なかった・・・
まるで聞こえていないようなそんな様子だった。
「先輩?どうしたんですか!?」
何度目かの問いかけの時、不意に志野原さんは一歩後ろに後ず去った。
「先輩!?」
壁に片手を突き必死に自分を支えようとしていたが,、見えない手に引き摺り込まれる様にゆっくりと、ゆっくりと、その場に崩れ落ちていった。
「先輩!志野原先輩!!」
何度も呼びかけるが返事は返って来なかった。
Novel TOP
優しい匂いTOP
Next
Copyright (c) 2009 Akito Hio All rights reserved.