僕とシェパードくんの夏休み
夏休み一日前<前半>
「僕と付き合って欲しい」
明日に夏休みを控えた七月二十四日。
終業式を終え、近所にある神社の境内奥。
神の住む神聖なる場所にて、後輩のしかも男に交際を申し込んでいる俗っぽい男の姿があった。
ていうか、僕だった。
哀れにも男に告白されるという不運に見舞われた男、シェパードくん・・・元い、村上修吾【むらかみしゅうご】くんは未知の言語と遭遇したかのように固まっていた。
(ちなみにシェパードというのは村上くんの雰囲気からイメージを連想し、ジャーマンシェパードぽいと判断した僕が勝手に心の中で呼んでいる彼のニックネームである)
鳩が豆鉄砲をくったような顔をしたシェパードくん。
クールで感情を表に表す事の少ない彼の驚き顔を見れただけでも告白した甲斐があったというものだ。
いい仕事をしたと悦に入っていると、シェパードくんは形の良い唇を動かした。
「買い物とかに付き合ってくれって意味じゃないスすよね?」
「違うよ。恋人になりましょうの付き合うだ」
微かな希望を粉砕するかのような返答を聞き、それまで僕に固定してた視線を外し下へ落とすと、シェパードくんは考え込んでしまった。
同性に告白された場合、同性愛者でなければ断ればいい。
キモイ! 死ね!―――これはちょっと言いすぎか。
無理。マジありえねぇ―――と言えばいいだけである。
だが、そうしないのは、出来ないのには訳がある。
僕はシェパードくんの妹の貞操、或いは命の恩人なのである。
どういう事かというと。
約一ヶ月前。
何時も通りシェパードくんがバスケ部の練習が終わるのを待ち伏せ、後ろ三メートルをキープし、勝手に一緒に帰るという変質者的行為を行った。
(ちなみにこの行為は今年から始めた、ただの僕の日課だったりする)
学校から駅まで一定距離を保っていた僕だが、駅のホームに着くとそこは帰宅する学生やサラリーマンなどで混雑していた。
ほどよい混み具合。不自然にならないよう慎重に近付き、シェパードくんの後ろのエリアを確保した僕は幸せの絶頂を迎えていた。
興奮と高揚から胸をドキドキと高鳴らせていた時だった。
おもむろに制服のポケットから携帯を取り出し、応答するシェパードくん。
抑揚のないしゃべり方をする彼の焦った声に、何か緊急事態が発生したと思い耳をそばだてた。
何を話しているか詳しい事は分からなかったが、さくらという名前が聞き取れた。
シェパードくんの家庭環境などは既に調査済みだった為、それが妹ちゃんの名前だと直ぐに分かり、彼女に何かあったのだと推察した僕は直ぐに行動に移った。
僕はそっとシェパードくんから離れ、友人の探し物屋に携帯から電話し、妹ちゃんの身に何があったかを調べてもらった。
結果。妹ちゃんは学習塾の帰りに不審人物に車へ連れ込まれ、そのまま未だに行方知れずだと事が分かり、さらに探し物屋に妹ちゃんの現在地を特定してもらった。
妹ちゃんは現在進行形で車にて連れまわされており、その車の向かっている方向を聞くと、礼の言葉もそこそこに携帯を切り、駐車禁止と書かれた場所に置かれていた中型バイクを無断拝借し、走り出したのだった。
ショートカットに次ぐショートカット。道なき道を走行した甲斐あってか、思ったよりも早く探し物屋から聞いていた犯人のものと車種・色・ナンバーの合致する車を見つける事が出来た。
僕は人気のないところまで追尾し、途中ホームセンターで買い揃えたもので作った即席撒菱もどきを使い容赦なく犯人の車をパンクさせた。
走行不能となった車から犯人は降りる事はせず、立て篭もった。
立て篭もったからといってどうにもならないのに。
僕はホームセンターで買っておいたスパナを懐から取り出すと運転席側の窓ガラスを叩き壊し、ロックを解除してドアを開け、後ろ襟首を掴んで犯人を引きずり出した。
犯人は出鱈目に抵抗してみせたが、痴漢撃退用の催涙スプレーを顔面に浴びせ、怯んだところに二三発殴って大人しくさせ、腕輪にしていたガムテープで犯人を雁字搦めにした後、助手席で必死に恐怖を堪えていた村上さくらちゃんを救出したのだった。
その後、犯人を警察に突き出したりなどの後始末は大変だったが・・・
まぁ、窃盗と道交法違反は何とか隠し遂せたし、器物と傷害も結局緊急性が認められたからお咎めなしだったけど。
シェパードくんのご両親から涙ながらに感謝され、さくらちゃんからは子供が特撮ヒーローに持つような尊敬と憧れの感情を抱かれ、シェパードくんからはぶっきらぼうながらも心のこもった謝辞を貰ったので良しである。
シェパードくんの隠れファンから家族公認の知人へと昇格された僕は、六度も夕食に招かれ、そのうち一回はお泊りさえさせてもらったのだ。
勿論シェパードくんの部屋に布団を引いて一緒に・・・一緒の部屋で一晩を過ごしたのである。
(ここだけの話。シェパードくんがお風呂に入っている間にベッドへダイブし、甘いひと時を過ごすという夢は完璧に叶えた)
十分過ぎるくらいの思いをさせてもらった。
この思い出を胸に、今後の人生を静かに歩んでいくべきなのだ。
分かっている。
だが、人というのは欲深な生き物である。
次から次へと求める。
汚いと、卑怯だと分かっていてもシェパードくんの良心へ付け込んでしまう。
それはそれ。これはこれと割り切れない真っ直ぐな性質を当てにし、恩を盾に取り迫ったのだ。
付き合ってくれ―――と。
ズルイ告白に対する返事を僕の回想中ずっと悩んでいたシェパードくんは悩み疲れたのか、軽く溜息を吐いた。
そして、やや吊り上がり気味な漆黒の双眸で僕を睨む様に見ると。
「先輩と付き合うっス」
スポーツマンらしく。
漢らしく。
大切な妹を救ってもらった兄として腹を括り、そう言ったのだった。
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