灰冠中尉と雪白小尉

INDEX

マフィン

「灰冠【カイカザ】中尉。マフィンが焼きあがりました」

 ハッキリとした発音、聞き取りやすい言葉でそう告げたモノは、トレーに焼きあがったばかりのマフィンとコーヒーを乗せて現れた。

 紺色の作業服を着たそのモノが入室すると、十二畳ほどの狭い執務室は、焼きたての香ばしいマフィンの匂いで一杯になった。

 灰冠と呼ばれた男は、それまで書類に落としていた視線を上げ、満面の笑顔で入室してきたモノを迎えた。

「おっ! 美味そうな匂いだな。注文していないコーヒーまで持ってくるなんてサイお前気が利くようになったじゃないか」

「お褒めに預かり恐縮です」

 サイと呼ばれたモノは左右対称の顔に満面の笑みを作り、そう返事をすると、手に持っていたトレーを灰冠の座るデスクの上に置いた。

「両方とも熱いので気を付けてお召し上がり下さい」

「ああ」

 灰冠は火傷をしないように気を付けながらマフィンを一口食べてみると、コーヒー専門店スターミックスで売られている人気ナンバーワンのマフィンと全く同じ味に感動し、彫りの深い整った顔を綻ばせた。

「完璧だな」

 満足そうな顔で灰冠が言うと、サイはやはり笑顔で「恐れ入ります」と返した。

 一つ目のマフィンを食べ終わり、二つ目のマフィンに手を伸ばした調度その時、ドアをノックする音が聞こえた。

「雪白【ユキシラ】だ。入るぞ」

 サイ同様ハッキリとした聞き取りやすい言葉でそう告げた者は、灰冠の返事も聞かずにドアを開け、入ってきた。

 無遠慮に灰冠の座るデスクの前までやってくると、端整な顔を歪ませ、神経質そうな眉を吊り上げた。

「貴様どういうつもりだ」

「どうした涼梶【リョウビ】。不機嫌そうな面して。折角の美人が台無しだぞ」

 雪白は灰冠の美人という不適当な発言に、あからさまに嫌悪の表情を浮かべるが、その事には触れず、本題に入った。

「どうした―――だと? 貴様のZK01と情報の並列化をさせたら、俺のZK01がいらん事ばかり覚えてしまったではないか!」

「いらん事?」

 雪白の言っている事に思い当たるふしの無い灰冠は、サイの顔を見つめた。

 灰冠は自分の指示以外でサイが何処からか情報を取得したのかと訊くつもりでを見たのだが、視線の意味を間違えて解釈したサイは雪白に向き直った。

「雪白少尉。申し訳ありません」

 深々と頭を下げて謝るサイを灰冠は慌てて止めた。

「何で謝っているんだ? 涼梶の言っている事に心当たりがあるのか?」

「ありません」

「じゃあ何で謝ってんだ?」

「そうする事が適当かと思いました」

 サイの言葉を聞いて灰冠は頭を掻いた。

「人間も機械も変わらないな」

 軽く溜息を吐くと灰冠は雪白を見た。

「で、お前さんは何を怒ってんだ?」

「マフィン、クッキー、スコーン、クレープ・・・貴様はZK01をパテシエにでもする気か?」

「喜べ涼梶」

「何を?」

「サイの作るマフィンはスターミックスのものと全く同じ味だ!」

 意気揚々と語る灰冠に面食らった雪白は「はぁ?」と間の抜けた声を出してしまった。

「お前好きだろ? スターミックスのマフィン」

「俺の好みなんかどうでもいい。貴様はZK01をなんだと思っているんだ?」

「尉官クラスに付けられるサポート用アンドロイドだろ?」

 灰冠の答えを聞き、雪白は一旦下げた眉を再び吊り上げた。

「忘れているようだから教えてやるが、ZK01は高性能な思考型戦闘用アンドロイドだ。秘書でもマネージャーでもなんでもない。ある程度の料理知識は必要だろうが菓子作りのレシピなんか入れてどうするんだ」

「こいつのAI【人工知能】は情報を与える事によって成長するんだぜ。人間の子供と一緒だ。バラエティにとんだ情報を与えた方が面白く育つかもしれんだろ?」

 悪戯好きの子供の様な笑顔で言う灰冠を雪白は呆れ顔で見返した。

「戦闘用アンドロイドを面白く育ててどうする気だ。不必要な情報は要らない。要らない物は邪魔。邪魔な物は要らないんだ」

 そう頑なに主張する雪白に、やはり悪戯好きの子供の様な笑顔で見た。

「涼梶。お前士官学校の試験の時、俺が出るかも知れないと言った問題をお前は絶対に出ないと言い張って結局出たんだったよな」

 ニッコリ微笑む灰冠に対して雪白はばつの悪い顔で返した。

「あれは偶々だ」

「そう、偶々だ。でも、その偶々が俺を一位にし、お前を二位にした。お前は何でも確率で物事を判断する癖がある。それが悪いわけじゃないけどな。世界は時に予想もしないような事が起きる。そんな事態を解決出来る魔法は意外と偶々知っていた知識だったりするんだぜ」

「マフィンが俺の命を救ってくれると言うのか?」

「確率は低いけどな。ゼロじゃないだろ?」

 いまいち納得しがたい雪白は訝しげに灰冠を見た。

「難しい顔してないでこれでも食えよ」

 差し出したのはサイが作ったマフィンだった。

「空腹を満たして命を明日に繋げてくれるぞ」

「朝飯なら食べた」

「俺の家では午前十時と午後三時はおやつの時間と決まってんだよ」

 雪白はさほど空腹感を感じていなかったが、マフィンの香ばしい匂いに誘われ、差し出された皿からマフィンを一つ手に取って口に運んだ。

 灰冠の言うとおり、スターミックスのマフィンと全く同じ味に顔が綻ぶ。

 と言うのも、雪白は大の菓子好きで、好みの菓子を食べた時、何時も負の表情で固定されている顔が無意識に緩むのだった。

 雪白の至福の顔を見るのが好きで、灰冠は士官学校の頃から事ある事に雪白に菓子を貢いでいた。

「間接キスが嫌でなければ俺のコーヒーも飲んでいいぞ」

「いや、飲み物は自分のヤツに運ばせる」

 雪白は間接キスなど気にはしないが、コーヒーよりも紅茶を好み、特に美味い菓子を食べる時は紅茶だと心に決めていたので、灰冠の申し出を断った。

 雪白はサイに向き直った。

「ナンバー017109。ナンバー017110に紅茶を持って来る様に電信を頼む」

「了解しました」

 命令を受けたサイは、オンラインで雪白のアンドロイドへメッセージを送った。

「涼梶。うちのヤツはサイって名前があるんだから番号で呼ぶなよ」

「そんなもの貴様が勝手に付けたものだろう。認められん」

「俺、所有者だぜ」

「間違えるな。所有しているのは軍で貴様はただの借主だ」

「番号で呼ぶの面倒くさいじゃねーか」

「貴様は支給された机や制服にも名前を付けるのか?」

「机や制服はしゃべらないし、考える事もしないから名前は付けない。でもこいつらZK01はしゃべるし考える。外見は人間と同じだから名前を付けて呼ぶ。番号だと物扱いで嫌じゃないか」

「ZK01はただの物だ」

 雪白は冷たく言い放つ。

 雪白の言う事は事実である。

 ZK01は機械であり、血の一滴すら通っていないただの物だ。

 高性能なニューロチップとAIによって外部ホストを必要とせずに、進化、学習、実行、常に環境に適応して最適な性能を発揮できるよう作られている。

 生きている人間と変わらないが、生きていないただの物だった。

 その事は灰冠も承知していたが雪白の様に割り切る事は出来なかった。

「もう、サイで認識しちまっているからいいよな?」

 灰冠は雪白ではなくサイに同意を求めた。

「自分には判断しかねます」

 サイの返答の後、雪白は灰冠に何か言うため口を開いたが、声を発するより先にドアをノックする音がそれを止めた。

「失礼します。017110入ります」

 入室を許可する返事の後、ドアが開かれた。

「報告します。雪白少尉のご命令によりお紅茶をお持ちしました」

「ご苦労」

 労いの言葉をかけたのは雪白ではなく灰冠の方だった。

 017110は灰冠に軽く会釈を返すと雪白に向き直った。

「ご命令のお紅茶です」

 そう言って差し出されたトレーにはティーポットとティーカップが乗っていた。
「あと一分で三分が経ちます」

 017110は丁寧にも、葉を取り出す時間を教えた。

 雪白は短く「分かった」と返すと椅子を探す為、室内を見回した。

「そうだ! キョウが良い!! キョウにしよう」

 突然そう言い放った灰冠を一人の男と二体のアンドロイドは理解不能なものを見るような目で見た。

「017110お前キョウに決定!」

 017110は一度雪白を見てから再び灰冠を見た。

「灰冠中尉。質問しても宜しいですか?」

「許す」

「キョウとはなんでありますか?」

「お前の名前だ。サイと対になっているぞ。二人合わせて最強! 無敵だぞ!」

 ニッコリと微笑んでそう言った。

「自分は017110であります」

「そう、その番号なんだが、呼ぶのが面倒なんだよ。だから俺が勝手に名前を付けた。不服か?」

「不服だ」

 答えたのは雪白だった。

「これは俺のアンドロイドだぞ。勝手に名前を付けるなバカ者!」

「もう決めた」

 悪戯好きの子供の様な笑顔で返す。

「認めんぞ」

「勝手に呼ぶからいいよ」

 より一層深い笑顔で答えた。

 いくら言っても目の前の男とは平行線しかたどれないと早くも諦めた雪白は、溜息を吐き「勝手にしろ」と投げた。

 二人のやり取りの間に一分が経過した為、017110ことキョウは、茶葉を取り出していた。

「冷めないうちにどうぞ」

 差し出された紅茶を受け取ってしまった雪白は、椅子の捜索が面倒になってしまった。

 ドカリと灰冠のデスクに座ると優雅に紅茶を啜った。

「お前ね。人の執務室に来ていい態度だな」

 非難の言葉を受け雪白は冷ややかな視線を向けた。

「人の持ち物に勝手に名前を付けるバカに言われる筋合いじゃない」

 雪白はデスクから退く事はせず、座ったまま紅茶を啜り、二個目のマフィンを手に取った。

 灰冠はサイとキョウを交互に見つめた。

「人は自分に似たものに共感、感情移入し、自分を映す」

 独り言のように灰冠は呟いた。

「何だそれは?」

「父は息子に母は娘に、人はより自分に近い存在に自分の夢と希望を押し付けて、自分に出来ない事、自分のやりたかった事をさせるって話だよ」

「俺は言葉の意味を訊いたんじゃない。何故そんな事を今、言うのかと訊いているんだ!」

 灰冠は静かに雪白を見つめた。

 それは言葉の真意に雪白が至ったかどうかを表情から判断する為だった。

 だが、雪白の表情に変化が見られなかった。

 灰冠は雪白から視線をはずすと自嘲気味に笑った。

「分からんならいいさ」

「何だそれは・・・」

 奥歯にものが挟まった様な不愉快さはあったが、目の前の男の考えている事は想像も理解も出来ないと雪白は出会って直ぐの頃に諦めていた。

 深く追求する事はせずに、言葉と一緒に紅茶を飲み込んだ。

 数分後紅茶とマフィンを平らげた雪白は、漸くデスクから腰を上げた。

「馳走になった」

 一言灰冠に礼を言うと、自分のアンドロイドに「戻るぞ」と告げた。

 入り口まで歩いて行き、ドアを数センチ開けたところで雪白の手は止まった。

「一つ言っておく」

「ん?」

 灰冠に背を向けていた雪白は振り返り、やはり不機嫌そうな表情で灰冠を見た。

「俺の事は涼梶ではなく、雪白少尉と呼べ」

「他の人間が居る時は気を付けるよ」

 二人で居る時もだ−と釘を刺そうとして雪白は思いとどまった。
どうせ言ったところできくはずも無い事を雪白は五年少々で思い知っていたからだ。

 深く溜息を吐き、何も言わずに雪白が執務室を出ると017110も続いて出て行った。

 バタン。

 重いドアの閉まる音を聞いてから灰冠はサイに話しかけた。

「サイ、今度は美味しい紅茶の入れ方をダウンロードしなくっちゃな」

「はい。早速情報の収集に行ってきます」

 灰冠に会釈をするとサイは命令実行の為執務室を出て行った。

 誰も居なくなった執務室で灰冠は椅子の背もたれにもたれかかった。

 天を仰ぎ目を閉じる。

「世界は時に予想もしないような事が起きる−か・・・。まぁ、多分無理だろうけどな」

 そう、独り言を呟くと自嘲気味に笑ったのだった。
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