灰冠中尉と雪白小尉
サイの思考
登場人物
灰冠志狼【カイカザシロウ】中尉(26才)
雪白涼梶【ユキシラリョウビ】少尉(26才)
登場機体
ZK02=認識番号027109(通称サイ)
■■■
三月二十三日。
その日、私はそれまで使っていたZK01のボディからZK02のボディに乗り換える為に軍のラボへ送られる事になっていた。
ラボ行きのトラックの中には、私と同じくボディの乗り換えの為に六体のアンドロイドが積まれていた。
トラックの荷台に乗ると左右に一本ずつ連なった座席。
右側に四体。左側に二体のアンドロイドが座っていた。
私は自分の認識番号の張られた左側の座席に座ると、トラックの中を見渡した。
髪型やペインティングなどで多少の個体差があるものの、六体は全て私と同じ顔をしている。
顔だけではなく腕も足もZKを形作っている全てのパーツが同じ物である。
私は他のZKであり、他のZKは私と言っても過言ではない。
私と他のZKを分けるものは蓄積された情報のみである。
その情報も並列化を行えば全ての機体が均一になり己は無くなる。
ZKシリーズは情報を多く集め、経験値を上げる事を是と設定されている。
たとえ己を失う事になっても情報を共有する事を優先する。
今も、私以外のZKシリーズ達はオンラインで情報を検索している。
突然、私の左隣に座っていたZKがこちらを向いた。
左目の下、頬より上の位置に小さな黒い龍のペインティングがある。
「情報の交換をしませんか?」
そう言って僅かに微笑みの表情を作った。
ZKシリーズは表情を作る機能が付いている。
主によってその機能を最大限に使う者と、全く使わない者に分かれる。
目の前のZKの主は前者の方なのだろう。
「認識番号016859。主は穂野村慎【ホノムラ・シン】中尉です。交換して頂けますか?」
私はラボ行きが決まった時に、ほとんどの情報ファイルにプロテクトをかけてしまい、交換出来るファイルが少ない事を告げた。
016859それでもかまわないと言うので、情報交換をした。
私から引き出された情報は、菓子の作り方と紅茶の入れ方。洗濯と掃除のやり方。映画二百四十本分のデータ。プロテクトをかけていない数時間分の日常データ。
私が016859から引き出した情報はある歌手の情報とその歌手の音楽ファイル。ピアノの演奏データ。私同様プロテクトしていない数時間分の日常データだった。
「シェリル・リー・アンと言う歌手のデータが多いですね。何故です?」
「僕の主が好きなんです。シェリルはとても良い歌を歌います。どうぞ君の主にも聴かせてあげて下さい」
「貴方に歌の良し悪しが分かるのですか?」
「僕には分かりませんが主が言っていました」
「なるほど」
三十分五十秒後。
016859と会話をしているとラボへ着いた。
一体づつ割り当てられた部屋へ入って行く。
私は私に当てられた部屋に入ると台の上に乗るよう指示された。
指示どおり台に乗ると五分後に私は活動停止をした。
■■■再起動■■■
自分のスイッチが入れられ起動開始しているのが分かった。
立ち上がりきっていない機体は何処も動かす事は出来ず、視覚、聴覚も役には立たなかった。
数分の後、真っ暗だった視界が急速にクリアーにり、初めに見えたのは日ノ国のラボの天井だった。
周辺視野に動くものを認識し、そちらへ眼球だけを動かした。
視界に白衣を着た人間三人と海軍制服を着た人間一人を認めた。
白衣を着た人間と軍服を着た人間の情報が私の中にある。
白衣の人間は日ノ国の軍アンドロイド技術班の新村、田名部、国分寺。
軍人の方は、現在私の主である灰冠志狼【カイカザシロウ】中尉。
聴覚はまだ繋がっていない為、主任の新村と灰冠中尉の会話を聞く事は出来ないが、唇の動きを読む事で二人の会話内容は理解できた。
新村は灰冠中尉にZK01とZK02の違いについて説明をしていた。
灰冠中尉は話を聞きながら私を見ている。
私の眼球が動いているのに気付いたのだろう。
灰冠中尉は自身の胸元を人差し指で叩き、モールスを私に向かって送ってきた。
『オ・ハ・ヨ・ウ』
私はまだ返信をが出来るまでに立ち上がっていなかったので瞬きをゆっくりする事で返事をした。
『タ・チ・ア・ガ・リ・キ・ル・マ・デ・2・0・フ・ン・モ・ウ・シ・バ・ラ・ク・ノ・シ・ン・ボ・ウ・ダ』
私は瞬きで返事を返した。
私が完全に立ち上がるまで正確には18分49秒かかった。
■■■己■■■
私は日ノ国【ヒノクニ】の、軍アンドロイド技術班によって作られたZKシリーズのアンドロイド認識番号027109だ。
ZKシリーズとは、思考型の戦闘用アンドロイドで、高性能なニューロチップとAIによって外部ホストを必要とせずに、進化、学習、実行、常に環境に適応して最適な性能を発揮できるよう作られている。
私の存在理由は、人間が行う軍事作戦であまりにも危険が伴なう任務を代わって行う事にある。
主に偵察・索敵・目標捜索・攻撃目標の選定・攻撃・目標レーザー照射・弾着観測誘導・攻撃損害評価・重要エリアの監視・無線中継・合成開口レーダーによる戦場監視、前方戦場監視・地雷原啓開処理等であるが、私の配属された海軍は本当の戦闘に参加する事はない。
大きな軍事力を持つ七カ国が結んだ平和条約によって七カ国の一つ、この日ノ国は平和になった。
他の六カ国のいずれかの国、あるいは条約を結んでいない国が、日ノ国に戦争を仕掛けてきても七カ国によって作られた世界の軍隊、平和維持軍が直ちに戦闘に介入するので日ノ国の軍隊はほとんど動かないのである。
その事実を知った時、私は自身の存在理由を見失った。
戦闘をしない国に何故戦闘用アンドロイドが必要なのか、私は疑問を持った。
答えは平和だった。
100の力を持った国と1の力しか持っていない国があったとする。
100の力の国は1の力の国を簡単に支配してしまえる。
だが100の力と99の力の国ならば支配は容易ではなくなり、お互いに牽制し合う。
つまり抑止力である。
七カ国のバランスを保つ為に、私は存在している。
もしも私が戦争に参加する事があるとすれば、それは主である灰冠志狼が平和維持軍に志願し、入隊テストに合格した場合である。
だが、この場合軍の機密であるZKシリーズのこのボディを軍に返却し、平和維持軍のGPシリーズに乗り換えなければならない。
AI【人工知能】はそのままでも、全く違う精神を持つ者から作られたボディに入った時、私は私ではなくなるのかも知れない。
いや、そもそも私には己と言うものは無いのかもしれない。
何故なら私は・・・
「サイ!」
呼ばれて私は声の主を見た。
アンドロイドの私に、サイと言う名前を付けた海軍中尉が真っ直ぐにこちらを伺っていた。
「お呼びですか灰冠中尉」
「寝ていたのか?」
「私は機械です。寝たりはしません」
「ならオンラインで誰かと話していたのか?」
「いいえ。何故そんな事をお聞きになるのですか?」
「お前が心ここにあらずって感じだったからさ」
「私には心はありません」
「それはそうなんだが・・・。なんて言うんだ。何時もと様子が違うからさ。何時もなら移動中の車内で質問攻めだろ?今日はそれが無いからさ」
私はより多くの情報を取得する事を是とプログラムされている。
情報として得ていないものを見つければ軍の衛星からそれについての情報を引き出し、灰冠中尉を質問攻めにする事もしばしばだった。
「ZK01からZK02に乗り換えただろ。何か不具合でもあったか?」
「いいえ。不具合は何もありません。ただ、新しいボディに変わったので自身について思考していました」
「凄いな。そんなに難しい事まで考えられるようになったのか?」
「はい。でも、途中で分からなくなりました」
「何が?」
「私に己はあるのでしょうか? 人間はDNAが己です。自身と他人を区別もっとも有効なものです。でも、アンドロイドの私は私を組み上げているパーツ全てが他のZKシリーズと同じものですから、私は他のZKシリーズであり、他のZKは私なんです。一体でも複数であり、複数でも一体です」
「確かにお前のパーツ全て他のZKシリーズと同じだが、持ち主が違えば消耗のしかたも違うだろうし、癖もついているだろう」
「癖?」
「車でも船でも何でもそうなんだが乗り手によって癖がつくんだよ」
「でも、今日のようにボディを丸ごと乗り換えたりした場合どうなります?」
灰冠中尉は「そうだな・・・」と独り言程度の小声で呟いた。
「なら情報はどうだ?」
「情報は並列化できます。現に何体かのアンドロイドと情報の交換をしています」
「何の為のブロックファイルだ?」
ブロックファイルとは重要機密ファイルである。
情報の並列化をする際に他人に渡したくない情報をブロックファイルに設定しておけば他人に渡る事が防げ、もし仮に渡ったとしても正しいパスワードで開かなければファイルが壊れるようになっている。
私の持っているブロックファイルは・・・
「俺はお前にだけ秘密を打ち明けたんだぞ」
「はい。有難うございます」
「絶対に誰にも言うなよ。それが俺とお前自身を守る事になるんだからな」
「はい。中尉」
私の持つブロックファイルは幾つかあり、灰冠中尉の言っているファイルあたりをつけ、内容を確認してみる。
この情報を持つ事で私は他のZKシリーズと区別出来る。
いわば己を確立するための宝のファイルなのだと認識した。
私は宝のファイルに何重ものプロテクトをかけ大事にしまいこんだ。
■■■データ整理■■■
AI【人工知能】とはArtificial Intelligenceの略である。
言語理解、推論、問題解決など人間の知能行動を行うシステムで、人工知能システムは次のように構築される。
最初に人間の知識を整理し、事実、規則という形にして知識ベースに保存する。
問い合わせに対しては、まずその意味を理解し、知識ベースの知識を用いて推論し、判断する。
つまりAIは人間で言うところの脳である。
だが、私のAIは人間の脳と違い、一度入れた情報の所在が確かである。
古い記録も新しい記憶も瞬時に取り出し可能。
忘れた−などという事はありえない。
だから灰冠志狼と初めて会った時の事も直ぐにデータ出し出来る。
灰冠志狼は私を見て開口一番こう言った。
「これは凄い美形だな」
私は起動したばかりで会話訓練も受けていなかった為、どう返せばいいのか分からず、黙って見つめ返していた事を記憶している。
「こういう時は有難う−と答えるものだぞ」
これが灰冠志狼から教わった初めての会話だった。
そして灰冠志狼から初めて受けた命令は灰冠志狼についての情報収集だった。
彼が言うには、自分はZKの説明書を隅から隅まで読んで理解したのだから私にも灰冠志狼を理解しろとの事だった。
私は早速、軍のデーターベースにアクセスして灰冠志狼の情報を取得し、報告をした。
「俺はずいぶんと薄っぺらい人間なんだな」
報告書の再提出を命ぜられた。
私は取得したデーターを基に彼が関わった全てを追った。
■■■灰冠志狼について■■■
灰冠志狼は日ノ国の海軍、灰冠誠司【カイカザ・セイジ】と中ノ国出身の秀春明【シュウ・シュンメイ】の間に生まれた。
髪の色、ダークブラウン。目の色、ブラウン。黄色人種。血液型AB型。健康面に対してこれと言った不安要素無し。日ノ国の平均的な男子。家族構成は祖父、祖母、父、母。
退役軍人の祖父と元芸者の祖母は、日ノ国の一般的な常識と道徳を教えたりしたが、教育については一切口を出さなかった。
海に出てばかりの父は志狼の教育には手も口も出さずにただ、武道を一つはさせるように春明に言うだけだった。
母、春明は中ノ国の血を引いているせいか、育った環境によるものなのか日ノ国の教育とは違った教育を志狼に行った。
学校の勉強は程ほどでいいから、家での勉強に励みむように言った。
家での勉強とは経済、世界情勢、歴史、語学等であった。
そして開流節限を覚えさせる為、物心ついたころから小遣いは一年分をまとめて与え、自分で運用するように言った。
最初の頃志狼は運用の仕方も分からず、また子供と言う事もあり物欲を押さえる事も出来ないでいたため、小遣いは数日と持たなかった。
志狼が泣こうが叫ぼうが母は小遣いを増やす事も、何かを買い与える事もしなかった。
次第に志狼は我慢を覚え、運用のやり方を覚えた。
小遣いを貯金する事まで出来るようになった志狼に母はそれまでの三倍の金額を与え、今度はこの金を増やして御覧なさい−と言った。
志狼は最初小遣いの三分の二を貯金する事で利息によって増やす事を思いついた。
だが、銀行の利息など一年預けてもすずめの涙ほども増えない事に気付き別の手段を考えた。
次に志狼が目をつけたのはインターネットオークションであった。
缶ジュースなどの懸賞に応募する為のシールを三十枚を一シートとして、一シートを三千エン前後で買う人間に目をつけたのだった。
友達数人に自分の小遣いから三百エンづつを渡し、一人に三十枚のシールを集めさせた。
これは銀行の利息に比べればはるかに利率の良いものであったが、母を納得させられるほどには増やせていないと感じた志狼は、もっと利率の良い方法を考えた。
資産を増やす方法を熱心に勉強した志狼は資産を増やす方法が次の三つしかない事にたどり着く。
株運用、会社経営、土地不動産。
未成年の志狼はインターネットを使い、父誠司の名義で株取引をする事にした。
勿論これは違法な事だが、インターネットではその人間の情報をある程度持っていればバレる心配は無かった。
始めたばかりの頃は経験も無ければ深い知識もない志狼は損をしていたが、経験と知識を付けテクニカル投資とファンダメンタル投資の手法を覚えた頃、キャピタルゲインで人一人を養えるほどになっていた。
十五になる頃には志狼の預金通帳には財産と呼べるくらいの金額が書き込まれていた。
機械である私には人間の顔の良し悪しは分からないが、学校の成績も申し分なく、体育での記録も上位。祖父祖母のお陰で礼儀作法も備え、同年代の人間と比べても知識量が多く、何よりも金を持っている志狼を女性は放って置かなかった。
年下、同年、年上、様々な女性が志狼に集まった。
最初の頃、色とりどりの女性に夢中になり酔っていたが、二年も経たないうちに酔いから覚めてしまった。
それ以降志狼は女性に深い興味を示さなくなった。
興味を失った理由については正確な情報を本人から入手しているが、ブロックファイルの為今はその情報を引き出さない。
十八になった志狼は進路を決めねばならなかった。
既に莫大な資産を持っている志狼は、勿論働かずに遊んで暮らす事も、大学に進学する事も出来た。
母の経営している会社に就職する事も、それ以外の会社に就職する事も可能だった。
だが、志狼が選んだのは軍人になる事だった。
理由は「船に乗ってみたい」ただそれだけであった。
誰に相談する事もせずに「軍に入ります」とだけ告げて、士官学校に入学してしまったのだった。
首席で士官学校に入学した志狼は、入学式で隣に座った次席入学の雪白涼梶に興味を持ち、在学中および現在まで一方的に友好関係を築こうとしている。
何故雪白涼梶に対し興味を抱いたかについても正確な情報を入手しているが、その説明をするには雪白の生い立ちから説明する必要がある。
だが、雪白涼梶の情報もブロックファイルの為、今は情報を引き出せない。
ブロックファイルに指定されていない情報から言える雪白涼梶と言う人間は、拒絶する者。
決して誰も受け入れず、他者を頑なに拒む人間である。
今もなお、目の前で雪白涼梶は拒絶していた。
■■■現在■■■
「こっちだって出したものを引っ込める事なんか出来ない。毎年言ってんだろ」
「毎年断っているのに何故貴様はプレゼントなんか用意するんだ!」
それは、結局折れるのは雪白小尉の方だと灰冠中尉は分かっているからだと、差し出がましい口を叩くと事態の悪化を招くと過去の失敗で知っていた私は、口を閉ざしたまま二人のやり取りを見ていた。
「毎年、毎年言っても理解しない貴様の為に今年も言うが、俺は貴様から物を貰う理由がない。理由も無いのに人から物を貰うのは嫌いだ。だからこれは受け取れない」
頑として譲らない雪白小尉を見て、灰冠中尉は溜息を吐いた。
そろそろあの言葉を使う頃だと私は推測した。
「そうか、なら捨てよう」
私の推測通りの言葉を灰冠中尉は使った。
すると雪白少尉は眉間の皺を深め、きつく灰冠中尉を睨んだ。
「捨てる事はなかろう。自分で使え」
「お前に見立てて買ったんだから俺には似合わないんだよ」
「なら他の人間にやればいいだろうが」
「プレゼントの中身を自分でばらすのもなんだが、今回のプレゼントはスーツなんだ。オーダーメイドで作っているからお前の身体にピッタリだ。他の人間になんか着れないよ」
雪白小尉は黙ってしまった。
雪白小尉は十四才から貧しい生活を送ってきた。
その為、物を大切にする習慣がある。
灰冠中尉曰く、勿体無いの精神だそうだ。
だから「捨てる」と言われて「好きにしろ」とは言えないのである。
その事を知っている灰冠中尉は、それを利用して毎年プレゼントを受け取らせていた。
私から見て、灰冠中尉はあざとい人間である。
相手を分析して、その人間の好むもの。好まないものを見つけ出す。
そして、AにはAにあった。BにはBにあった対応をする。
それに対して雪白小尉は誰に対しても同じ対応である。
上官でも同僚でも、部下でも毅然とした姿勢で望む。
そんな真面目な人間が、人の弱みにつけこむずるい人間に勝てるわけも無い。
機械の私が分かる事を人間の雪白小尉が気付けないはずもないのに、何故毎年同じ事を繰り返すのか理解しがたい。
灰冠中尉に何度かこの疑問にたいしての答えを訊いてみた。
すると灰冠中尉はこう答えた。
「あいつはキレイで優しいのさ」
優しいならたとえそれが欲しくないものでも、建て前的にでも有難うと言って受け取るんではないかと問うと、灰冠中尉は微かに笑った。
「それが出来ないからキレイなんだよ。サイはもっと人間を勉強しないとな」
その時の私は、キレイの意味も優しいの意味も理解できなかった。
だが、今の私には理解できる。
雪白小尉は、誰に対しても嘘を吐く事に抵抗を感じてしまう善良な人間なのだ。
たとえ快く思っていない人間であっても、相手が自分に対して好意を寄せていればむげに出来ない。
「礼は一応言っておくが、感謝なんかせんぞ」
「いいよ。自己満足でやっている事だから」
雪白小尉は神経質そうな眉を吊り上げて、灰冠中尉を睨んだ。
「貴様は俺を困らせて楽しいのか?」
「まさか。喜んで欲しくてやってんのさ」
「俺がこういう事を好まないと知っててか?」
「うん。知っているんだけど・・・。人間て不思議でさ。可能性が低くても僅かな可能性に賭けちゃうんだよね」
悪戯好きの子供様な笑顔で灰冠中尉がそう言うと、雪白小尉は憎々しそうに灰冠中尉を睨んだ。
「かせ!!」
乱暴に灰冠中尉の手から大きな紙袋をひったくると、紙袋を睨み、そして再び灰冠中尉を睨んだ。
「誕生日おめでとう」
灰冠中尉は満面の笑顔で言った。
雪白小尉は不本意だと言わんばかりに顔をしかめながらも「有難う」と、一応の礼を言ったのだった。
雪白小尉が部屋から出て行った後、私は灰冠中尉に訊ねてみた。
「何故友人である灰冠中尉から、プレゼントを受け取るのに、雪白小尉はあれほど抵抗を示すのでしょう?」
「それは簡単だよ。あいつは知っているのさ」
「何を?」
「人間が他人に優しくする時は、必ず下心が存在するって事をさ」
「中尉にもあるのですか下心?」
「勿論あるさ。俺はあいつに喜んで欲しいし、好意をもたれたい」
「それが下心ですか?」
「立派な下心さ」
「人間は好意を持っている相手に対して喜や楽などの感情を与えたいと思うものだと聞いています。中尉の感情は人として当然のものでしょう。下心とはもっと腹黒い気持ちではないのですか?」
「俺は腹黒いよ。色々企んでいるし」
そう言って、灰冠中尉は座っていたイスの背もたれに深く身体を沈めた。
「多分あいつはそれに気付いているんだろうな。鼻の利くヤツだし。でも、確信が持てない。確率で物事を判断する性格と、ヤツの持つ常識が邪魔をして答えに到達できない」
「何を企んでおいでですか?」
「まだ内緒。お前はまだ勉強不足だから」
悪戯好きの子供の顔で笑う。
「勉強不足なお前の情報に一つ訂正。涼梶のヤツは俺の事を友人だなんて思っちゃいないぜ」
「お二人の情報を集める際、色々な方達が二人は仲の良い友人だと教えてくださいましたが、誤りでしたか?」
「うん。間違えている。俺はあいつと友達になりたいと思っているが、あいつの方はそんな事、過去も現在も思っちゃくれてない」
灰冠中尉は自信満々に言い切った。
「切ないですね」
「切ないさ」
灰冠中尉は溜息混じりの微笑でそう言った。
私は二人の複雑かつ、微妙なバランスで保たれている関係を理解出来る日まで遠いと予測された。
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