灰冠中尉と雪白小尉

INDEX

駆け引き-1-

登場人物
灰冠志狼【カイカザ シロウ】中尉(26才)
雪白涼梶【ユキシラ リョウビ】少尉(26才)
穂野村慎【ホノムラ シン】中尉(28才)
(上記三人は海軍東部方面隊所属)

登場機体
ZK02=認識番号027109(通称サイ)灰冠付きのアンドロイド
ZK01=認識番号017110(通称キョウ)雪白付きのアンドロイド
ZK02=認識番号026859穂野村付きのアンドロイド


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灰冠及び雪白の所属している海軍Y−スカ基地に、二週間の合同演習のため陸軍N−シノ基地から一部隊がやって来ていた。

合同演習とは、陸軍が通常出来ない船などを使った訓練をするのが目的で、海軍は陸軍の補佐が主な仕事である。

補佐と言っても通常勤務に比べればその仕事量は三倍以上。

陸軍に比べ、肉体訓練の多くない海軍のスタミナは二日目には底をつき、三日目には皆、生きた屍と化していた。

四日目、演習参加して屍と化した海軍軍人達は明日も行われる演習に備え、少しでも疲れを癒すべく宿舎もしくは自宅へ真っ直ぐ帰って行った。

そんな同僚達を尻目に、合同演習から外され通常勤務の灰冠と雪白は、課業終了に基地内にあるスポーツジムに足を運んでいた。

ジムの受付を済ませると、二人に同行してきたサイに灰冠は、スカッシュコートに先に行くよう命じると、雪白と共に更衣室に向かった。

「なぁ、涼梶。俺が勝ったら何かくれる?」

灰冠は柔らかい笑顔で問いかけるが・・・

「やらん。勝とうが負けようが、貴様にくれてやるものなんかなにも無い」

雪白は眉間に皺を寄せ、一瞥してそう言った。

「なんだ。どうしても勝負してくれって泣いて頼むから付き合うのに、ご褒美も無しか?」

「泣いて頼んだ覚えは無い」

「でも、勝負してくれとは言っただろ?」

「嫌なら付き合わなくていい」

冷たくそっけない雪白の態度に、灰冠は気分を害す事もなくニコニコと微笑んでいた。

そして、何か思いついた灰冠は一度深い笑顔を見せると口を開いた。
「分かった。俺が勝ってもお前には何も要求しないが、お前が勝ったら俺は何かやろう」

何時も通りの一方的な申し出に、雪白はあからさまに顔をしかめた。

「貴様の施しなんかいらん」

「もう、決めた」

雪白の拒否の言葉など無視し、灰冠は悪戯っぽい笑顔で言った。

灰冠は黒いジャージ、雪白は青いジャージに身を包み、二人はスカッシュコートに向かった。

使用許可を貰ったコートの前まで来ると、サイをコートの外に待機させ、縦9.8m、横6.4m、高さ約5.6m以上の4面の壁と床に囲まれたスクエアなスペースに二人は入った。

不機嫌そうな雪白と対照的に笑顔の灰冠は二、三言言葉を交わした後、スカッシュ勝負は始まった。



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灰冠達の使用しているスカッシュコートは入り口から見て正面と右手側の壁だけがコンクリートでその他の壁は強化ガラスで構成された部屋で、5.6m以上の高さがあるので、二階と一階の廊下から部屋の中が見えるようになっている。

サイはスカッシュコートの入り口付近で二人の動きを観察、分析していた。

三十分程して二階の廊下から灰冠達のコートを見ている『男』に気付いたサイは、すぐさま人物特定のために海軍Y-スカ基地のデーターベースにアクセスしたが、結局二階にいる『男』と一致するデーターが見つからず、日ノ国全ての海軍のデーターベースにアクセスした。

データーをしらみつぶしに調べている間、サイは『男』を注意深く観察した

『男』は少しにやけたような顔でコート内を見ていた。

何故『男』がコート内を見ているのだろうかと、サイは不思議だった。

『男』が知り合いなら、見ている理由も分かる。

だが、『男』のデーターが自分の中に無い事から、『男』が見ている理由が分からなかった。

『男』が見ている理由に行き当たりたいサイは思考を凝らし、幾つかの推測を立ててみるが、どれが一番正解に近いものかサイには判断しかねた。

思考を凝らしながらもサイは、海軍のデーターベースをしらみつぶしに『男』の情報探し続けた。

結局、『男』の情報を見つける事が出来なかったサイは、次に陸軍のデーターベースを調べ始めた。

陸軍のデーターベースにアクセスした直後、『男』はたまたま通りかかったZK【戦闘用アンドロイド】に声を掛けた。

サイは『男』とZKの音声を拾うため、聴覚の集音域を最大限に広げると、拾った音のからノイズを取り除き、『男』とZKの音声を摘出した。

摘出した音声と視覚で読んだ唇の動きと照合し、情報の正確さを確認していった。

『男』とZKの会話内容を盗んでいる間に、陸軍のデーターベースの中から『男』のファイルを見つけ出し、一通り読み保存した。

『男』とZKの会話は程なくして終わり、ZKはその場を立ち去ったが『男』は暫くコート内にいる者を見ていた。



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一時間後。

灰冠と雪白の勝負は灰冠の勝利で終わっていた。

見れば、灰冠は何時もの穏やかな笑顔を浮かべていたが、雪白は苦々しい表情でいた。

灰冠に呼ばれ、サイはスカッシュコート内に入ると二人は肩で息をし、滝のような汗をタオルで拭っていた。

「サイ。良いデーターは取れたか?」

「はい。スカッシュにおけるお二人の正確なデーターが取れました。筋肉の動き、癖、ボールに対する判断処理能力等、とても興味深いデーターです」

「興味深いね・・・」

灰冠はサイの言葉が人間らしく感じ、クスリと笑った。

灰冠の笑いの意味を間違えて捉えたサイは「言葉の使い方を間違えましたでしょうか?」と小首を傾げて聞いた。

その仕草がまた人間らしくて灰冠はまた笑った。

「いや、間違えてないよ。人間らしい答え方だ」

「そうですか」

サイは笑顔で答えた。

「ところで、サイ。十分ばかり前まで二階で俺達を見ていた男は誰だ?」

「陸軍東部方面隊・第一師団所属、対馬茂【ツシマ シゲル】軍曹であります」

訊かれる前に既に情報収集を行っていたサイに対して、灰冠は満足げな笑顔を向けた。

「それで対馬軍曹はZKと何を話していた?」

「黒いジャージを履いている方・・・つまり灰冠中尉が何処の誰かと訊いていました」

「ZKはなんて答えた?」

「中尉のフルネームと階級及び所属。それだけです」

「ふうん。対馬軍曹は俺のプレイに見せられてファンにでもなったのかな」

悪戯っぽい笑顔で独り言のように言った。

そんな灰冠を雪白は冷ややかな目で見、興味なさそうな声で「貴様は何時も好意的解釈だな」と言い捨てた。



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スカッシュ勝負の日から二日後の昼休み、灰冠の執務室には三人の男と二体のアンドロイドの姿があった。

三人のうち二人は執務室の主の灰冠とあの手この手で呼び出されては足止めを食らっている雪白。

もう一人は、サイが三月にZK01から、ZK02ボディの乗り換えを行う直前に情報交換したZKの持ち主である、穂野村慎【ホノムラ シン】中尉である。

穂野村は188cmの長身で、映画俳優のような甘いマスク。

軍隊にはそぐわない長めの髪は、全体にゆるくパーマのかかったミディアムレングスのグラデーショ ンボブというスタイルであった。

初めて灰冠が穂野村の髪型を見た時、感嘆と心配から「その髪型は上から文句が出るだろう?」と言った。

軍隊では、頭髪服装などは神経質過ぎるほどにチェックが入る。

尉官クラスよりも下の者は、髪が耳にかかっているだけでも殴られたりする。

中尉という階級にあっても穂野村の髪型は認められるものではない。

灰冠が興味深げに、繁々と穂野村を見ていると、穂野村は笑ってこう言った。

「俺、穴モグラだから」

それを聞き、灰冠は全てに納得がいった。

穴モグラとは情報保安隊の通称である。

情報保安隊とは対ハッカーのために集められた選りすぐりのハッカー部隊で、出勤してから課業終了までの間、ずっと地下にある情報保安室に潜りっぱなしで人目につく事があまりない。

広い基地とはいえ、穂野村のような目立つ男に灰冠が気付かなかったのはそのためだった。

「穴モグラさん達は皆、上の言う事なんか聞かないだって?」

灰冠は冗談ぽく笑いながら訊いた。

「聞かないね。俺達は自分が軍人だとは思ってないからな」

穂野村は髪を掻き揚げながら軽く笑い、答えた。

「酷く言えば痛い腹を探られるから、誰も何も言わない?」

「まぁね。人間秘密の一つや二つは必ず持っているからな」

穂野村の笑顔は優しいものだったが、一瞬目に影が差したのを感じた灰冠は目を細めた。

そんな、一日中地下にもぐりっぱなしの穂野村が、昼休みに灰冠の執務室に足を運ぶようになったのは、ほんの半月前の事である。

ZKから貰ったシェリル・リー・アンと言う歌手の歌を気に入った灰冠が、お礼のメールを送り、気を良くした穂野村がわざわざ灰冠執務室に会いに来たのがきっかけだった。

当初、穂野村はシェリルの話をしたくて灰冠の執務室に来ていたのだが、灰冠と雪白の関係に興味を持ち、今では二人のやり取り見たさに通っていた。

本日の雪白を呼び出す口実は、超人気ベーカリー『ハーメルンのパンを買い込み過ぎてしまったので処理を手伝って欲しい』だった。

雪白は甘いものに目が無い。

それを利用して灰冠は、菓子やパンの処理を頼むという名目で自分の執務室に呼びつけていた。

「貴様の施しは受けたくない」と断れば「捨てる」と脅す。

結局折れるのは雪白の方だった。

なんだかんだと文句を言いながらも、食べている間は至極ご満悦の雪白の顔を見るのは灰冠だけでなく、穂野村もクセになっていた。

昼食を食べ終わった三人は、仕事用のデスクの前に置かれた簡易テーブルを囲み、雪白付きZKのキョウが入れた紅茶を飲みながら雑談をしていた。

そこにノックも無しに一体のZKが「大変です中尉」と発しながら、慌てて飛び込んできた。

サイの様子を見て、雪白と穂野村はギョッとした。

雪白はサイの勢いだけに驚いていたが、穂野村を驚かせたのは勢いだけではなく、機械があまりにも人間にしく振舞う様子だった。

「サイ。失礼だろ。入室する時は入室許可を求め、許可が下りてから入る。俺以外の人間に礼を欠くと、ラボ行きにされかねないぞ」

言葉ではたしなめていても、灰冠は怒った様子もなくサイを見ていた。

「はい。失礼しました。ですが中尉、本当に大変なんです」

サイの顔は本当に切羽詰まっているように表情を作っていた。

自分のZKに比べ、表情の豊かなサイに穂野村は完全に見入っていた。

「礼を失する程大変な事とは一体なんだ?」

「灰冠中尉。狙われています!」

その言葉を聞き、それまで無関心な様子でいた雪白がサイを見た。

神経質そうな眉を吊り上げ、薄い唇を開き問いただす。

「狙われているとは、命をか?」

「いいえ。雪白少尉。命ではなく『ケツ』であります!!」

はっきり、キッパリ言い放たれた言葉に雪白は一瞬ピタリと動きを止め、穂野村は口に含んだ紅茶を噴出しそうになり手で口を押さえた。

「サイ。俺と二人っきりだったらどんな物言いしてもいいがな。今、この場には上品な海軍将校が二人もいるんだ。言葉をオブラートで包めよ」

「はい。失礼しました。言い改めます」

「うん」

「灰冠中尉。身体を狙われています」

「それは大変だな。恐怖で玉が縮みあがりそうだ」

大変だといいながら灰冠の声にそんな色は一切なく、悪戯っぽくそう言った。

「中尉下品です」

「ああ。すまん。未知の衝撃に襲われて、つい口が滑ってしまった」

悪びれなく灰冠は軽く笑った。

「それで、俺の貞操を狙う大胆不届きな男は誰だ?」

「陸軍、対馬茂軍曹です」

サイの口からでた名前に覚えのある灰冠は、記憶の引き出しを漁り、二日前のスポーツジムでの事を思い出した。

「ああ。スカッシュ勝負の時、二階から熱い視線を送っていた男か・・・」

言いながら灰冠は立ち上がり、デスクからモバイルパソコンを取ると再び簡易テーブルに戻った。

手にしたモバイルパソコンを開き、立ち上げる。

「で、対馬軍曹が俺を狙っていると言う情報は何処から拾ってきた?」

「本人から直接聞きました」

「直接?」

「合同演習で来ている陸軍が寝泊りしている外来宿舎で、未知の情報との出会いを求めていたのです」

「盗み聞きなんて行儀が悪いな」

「私達ZKは情報を多く集め、経験値を上げる事を是と設定されているのです。行儀が悪くても、滅多に会えない陸軍の情報は欲しいのです」

サイは、悪戯をたしなめられた子供の様な申し訳なさそうな表情を作って俯いた。

「ZKの好奇心はたいしたもんだな。それにしても、お前のZKは本当に表情豊かだな」

穂野村は感心した。

「愛情を注げば中尉のZKも、もっと言い顔を見せるようになるさ」

そう言って灰冠は部屋の隅で直立不動のままいる穂野村のZKを見た。

灰冠の視線を受け、ZKは微かに微笑んで答えた。

「それで対馬軍曹はなんと言っていた?」

訊きながら灰冠は立ち上がったパソコンのキーを慣れた手つきで操作した。

「はい。対馬軍曹は灰冠中尉を『可愛い子猫ちゃん』だと申しておりました」

可愛い子猫ちゃん―――と言うセリフを聞き、雪白は『これの何処が?』と言わんばかりの冷ややかな視線を灰冠に投げ、穂野村にいたっては噴出し、大爆笑をした。

言われた当の本人は薄く笑っていた。

「この俺を捕まえて『可愛い子猫ちゃん』とは言ってくれるな」

「確かにな。お前さんはどう見ても『可愛い子猫ちゃん』じゃないよな」

笑いを噛み殺しながら穂野村は言った。

穂野村がそう言うのも当然で、灰冠は身長180cmの身体に水泳で培った綺麗な筋肉の付いた男らしい体格。

彫りの深い精悍な顔の形容は『カッコいい』が一番しっくりくる男だった。

「スカッシュの勝負って雪白少尉とやったんだろ?」

「ああ」

「なんで雪白少尉の方じゃないのかね。雪白の方がまだ話は分かるんだがな」

話の矛先を向けられ、雪白はあからさまに迷惑そうな顔をした。

「おや、穂野村中尉は俺よりも雪白少尉が好みか?」

悪戯っぽい笑顔で訊く。

「いや、俺としてはお前さんも雪白少尉もノー・サンキュー。客観的に見て雪白少尉の方が女顔だと思ったんだよ」

「確かにな」

灰冠と穂野村は繁々と雪白の顔を見た。

色白で端整な顔立ちの雪白は『綺麗』と言う形容が似合っている。

雪白は眉間に皺を作り、整った顔を歪ませ、二人の視線から逃れるように目を伏せた。

「まぁ、雪白少尉は美人だけど、対馬軍曹の好みとしては俺みたいな男らしいのがいいんだろうな」

灰冠が軽く笑いながら言うと、サイが口を挟んだ。

「灰冠中尉のお尻は『キュート』だと対馬軍曹が言っていました」

「ああ。お尻ね。お尻は結構自信あるよ。付き合っていた女は皆『お尻もカッコいい』って言ってくれてたから」

「お尻も? 他は何処がカッコいいんだ?」

ニヤリと人の悪い笑顔で穂野村は訊ねる。

「それは、まぁ・・・色々なところだよ。お見せ出来なくて残念だけどな」

灰冠は意味ありげに笑った。

二人に割って入るようにサイは灰冠に対しての対馬の評価を述べた。

「軍曹は『中尉の腰つきはたまらない』とも言っていました」

「どうやら軍曹は俺の顔ではなく、身体が好みらしいな」

やれやれ―――と言ったように灰冠は両手を軽く上げて見せた。

そんな灰冠を横目で見ながら、興味なさそうに雪白は「良かったな」と言った。

雪白の心無い言葉を受け、灰冠は「良くないよ」と言って先程まで弄っていたパソコンの画面を雪白に向けた。

「見てくれよ。対馬軍曹の戦闘能力の高さを」

雪白に向けられたパソコンの画面には陸軍のデーターベースから引っ張ってきた対馬の情報が表示されていた。

「ほう。凄い成績だな。陸軍東部方面隊第一師団の中で武術は常に一位か二位だな」

「そ、俺が対馬軍曹に勝てそうなものは射撃ぐらいなもんだ」

降参―――と言うように両手を上げ、溜息混じりに言うと、サイは灰冠に詰め寄った。

「灰冠中尉。射殺はいけません!!」

真面目な顔してサイが詰め寄るのが可笑しくて、灰冠と穂野村は噴出してしまった。

「そうだな。射殺はいけないな。そんな事にならないようにしっかりと俺を守ってくれよ」

「任せてください。そのために存在しているのですから」

サイは胸を張り、自信満々に言ってのけた次の瞬間「ですが・・・」と困ったような表情を作った。

「私は基地から一歩も出られませんから、基地外ではお守りできません」

「そうだったな。それじゃ、基地外は・・・」

灰冠はそこで雪白を見てニッコリと笑った。

「雪白少尉、守ってくれないか?」

雪白は即答はしなかった。

だが、眉を吊り上げ睨むように灰冠を見ている顔は明らかに『ノー』と言っていた。

「それは上官としての命令か?」

「いいや。友達としての頼みごとだ」

「そうか。ならば、答えはノーだ。だいたい、俺は貴様と友達になった覚えはない」

ピシャリと冷たく言い捨てられ、灰冠は情けない顔をした。

「つれないな。俺とお前の仲なのに」

「貴様と俺の関係は士官学校の同期というだけだろう」

「一緒に寝たじゃねーか」

「二段ベッドの上と下でな」

「酔ったお前のゲロの始末してやっただろ?」

「終わった事だ。過去の事をいちいち穿り返すな鬱陶しい!」

過去の失敗を持ち出され雪白はイラただしげに髪を掻き揚げた。

「そんな。見ず知らずの他人みたいに言うなよ」

「事実、赤の他人だろうが」

あくまで灰冠と何の関係もないとする雪白の態度に、灰冠は右手で目頭を押さえ、俯いた。

「酷いな。さすがにここまではっきりキッパリ拒絶されると堪える」

「可哀想に」

心にもないセリフを穂野村は笑いしながら言った。

「可哀想と思うなら、中尉の腕と胸で泣かせてくださいよ」

「駄目駄目。俺の腕と胸は女専用だ。泣きたいなら、サイの胸で泣け」

話を振られたサイは、両手を広げ、「どうぞ、灰冠中尉」と言った。

それを見て、灰冠と穂野村は同時に噴出した。

笑っている二人と笑っている顔を作っている一体のアンドロイドを尻目に雪白は立ち上がった。

「時間だ。戻る」

穂野村は腕時計に目をやる。

「昼休み終了まで十分もあるじゃないか」

「穂野村中尉。軍人たるもの常に十分前行動ですよ」

灰冠の言葉が癇に障ったのか、雪白はジロリと灰冠を睨んだ。

「穂野村中尉も早めに戻られる事をお勧めいたします。では、失礼」

そう言って雪白はキョウに声をかけると執務室から出て行った。

「雪白は何時もイライラしているな。俺がここに通うようになって二週間。一度もあいつが笑うのを見た事がない」

カルシウム不足か―――と、穂野村は溜息混じりに言った。

「あいつは・・・」

「あいつは?」

「呪いのかかったお姫様なんだ」

遠くを見るような目をし、憂い顔で灰冠はこぼした。

「お前さんは悪い女に惚れた男みたいな顔をするんだな」

冗談ぽく穂野村は言った。

灰冠はただ、苦笑した。
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