灰冠中尉と雪白小尉
駆け引き-4-
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自宅でくつろいでいた雪白のもとに、電話いがかかって来た。
出ると電話の主は何度か飲みに行った事のあるバーのマスター、白鷺であった。
用件は、店で潰れている灰冠を迎えに来て欲しいというものであったが、灰冠の酒の強さを知っている雪白は白鷺の話を信じなかった。
どうせ何時ものように自分をおびき出すための灰冠の嘘だろうと雪白は思ったのだ。
「酔っ払いなど俺は知りません。道端にでも捨てておいて下さい」
冷たく言い捨て、相手の返事も聞かずに容赦なく電話を切った。
受話器を置いて数秒後直ぐに再び電話がかかって来た。
「雪白です」
「白鷺です。先ほどの話の続きなんですが・・・」
受話器を耳から遠ざけたのを感じたのか、受話器の向こうから白鷺の慌てた声がする。
「待って、切らないで下さい」
「白鷺さん。灰冠が酒に潰れるなんて俺が信じると思いますか?」
「雪白様。私は灰冠様がお酒で潰れたとは一言も申し上げておりません」
「は?」
白鷺は灰冠が連れの男に薬を盛られ、意識はあるものの足取りが怪しく、一人で帰れそうもない事を伝えた。
勿論、灰冠が薬入りと知っていて飲んだ事は伏せてである。
「それで、何故俺に電話なんですか?家族に電話するのが正しいと思いますよ」
「灰冠様の許しを得て手帳を見てみたのですが、ご家族の連絡先が一切書かれておらず。記入されている名前の中で、唯一私の記憶に覚えのある方が雪白様でしたので・・・申し訳ございません」
雪白は軽く溜息を吐いた。
「分かりました。直ぐに厄介者を引き取りに伺います」
「お願い致します」
電話を切ると雪白はハンガーに掛けてある黒いジャケットを羽織り、家を出た。
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十五分後。
バーに着くと、白鷺にスタッフルームへ通された。
中に入ると『ニャー』と甘えるような猫の鳴き声が聞こえた。
見ると、足にネコ型ロボットが擦り寄っている。
「何ですかコレ? この店にこんなのいましたか?」
問うと、白鷺はニッコリ微笑み「それは灰冠様の持ち物です」と答えた。
「灰冠の?」
毎日のように顔を合わせているが灰冠の口からネコ型ロボットの事など一度も聞いた覚えのない雪白は首を捻った。
「雪白様。ネコの事よりも先に灰冠様の所へ」
言われて、奥の部屋へ導かれる。
部屋へ入ると、部屋の奥に置かれている、ソファに灰冠は無防備なさまで横たわっていた。
近寄ると、灰冠は薄く目を開き、ぎこちなく微笑んだ
その弱々しい微笑を見て雪白は漸く、灰冠が薬を盛られた事実を認めた。
正直、雪白は灰冠の様子を見るまでは半信半疑だったのだ。
もしも店に入り、何でもない様子の灰冠が何時もの笑顔を浮かべ「よお」などと声を掛けようものなら、一発殴りつけて帰ってやろうと思っていた。
だが、本当に潰れている灰冠を前にして雪白は溜息を吐いた。
振り返り白鷺に飲み代を訊ねると、白鷺はニッコリと微笑んだ。
「お代なら灰冠様から既に頂いております」
「こんな状態で払ったんですか?」
「お支払い頂いた時はもう少し意識がハッキリしておりましたから」
「そうですか」
雪白は白鷺に背を向け、再び灰冠に視線を移した。
灰冠が飲まされた薬はそんなに悪いものでない事が表情で分かる。
苦悶といった色は見えず、それどころか心地良さそうな顔である。
多分睡眠薬かなにか・・・
それも、それほど強いものでないのだろう。
灰冠は深い眠りにつく事なく、うつらうつらとしている。
「しっかりしろ」
「・・・う・・・ん・・・リョ・・ビ?」
雪白が声を掛けると灰冠は答えたが、反応は遅く、舌が回らないのか言葉はハッキリしない。
「帰るぞ」
そう言って、雪白は灰冠の腕を取り、引き起こした。
灰冠の腕を自分の肩に回し、腰の辺りを持つと、灰冠を抱きかかえた。
「しっかり歩けバカ者。捨てて行くぞ」
「・・・おんぶ」
「首に縄を付けて引きずるぞ」
「・・・リョー・・・の・・いけず」
意識がハッキリとしていないにも関わらず、口の減らない灰冠の頭を頭で小突いた。
「口はいいから足に力を入れろ!」
二人のやり取りを見ていた白鷺が手伝いを申し出るが、雪白はそれを辞退した。
「これ以上ご迷惑をお掛けする訳にはいきません」
「迷惑だなんて・・・」
「素面の時にでもこのバカに詫びを入れさせに来させます」
「あまりお気になさらないで下さい。こう言ってはなんですが、商売柄慣れておりますので大丈夫です」
「有難うございます」
灰冠を抱えているため、深く頭を下げられない雪白は、首を僅かに縦に振るだけのお辞儀をした。
お気をつけてお帰り下さい―――白鷺に見送られ、雪白は灰冠と共にバーを後にした。
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自分と変わらない身長、筋肉質な身体、しかも薬の所為で全身の力が抜けグッタリと重い灰冠を抱きかかえ、引きずる様にして大通りまで運ぶ。
流しているタクシーを捕まえ、灰冠を後部座席に乗せると、何時の間にか付いて来ていたネコ型ロボットが、当たり前のように車に乗り込んだ。
「お前、本当に灰冠のネコなのか?」
問うと、ネコ型ロボットは首を縦に振って答えた。
てっきり鳴いて答えると思っていた雪白は少々面食らった。
「普通、首振るか?」
訊ねれば、ネコ型ロボットは尻尾の先を座席に叩きつけ、モールスを使って話しかけてきた。
「ソ・ノ・ホ・ウ・ガ・イ・ガ・イ・セ・イ・ガ・ア・ツ・テ・オ・モ・シ・ロ・イ・ト・カ・イ・カ・ザ・ガ・イ・ツ・タ」
「灰冠の奴、愛玩動物型ロボットにモールスソフトを入れたのか」
呆れていると、タクシーの運転手に催促され雪白は後部座席に乗り込んだ。
運転手に行き先を問われ、一年前に一度だけ訪れた事のある灰冠の自宅方面を告げた。
車が走り出し、二つ目の角を左折した時、灰冠の身体が雪白にもたれかかってきた。
右肩に頭が乗り、重みを感じる。
普段であれば灰冠を目の前にするだけでイライラとするのに、今こんなに身体を密着させている全くイライラしない。
「重いぞ」
「・・・ん」
何時もなら言うが早いか、退かせるのが早いか、近寄れば距離を置く自分が肩を貸したまま退かせようとしない。
その事実に雪白は困惑する。
波立つ心をなだめる為、目を閉じる。
そして、思考し、ある思いに至ると目を開いた。
左手を伸ばし、人間の急所である喉仏に手を這わせ、顔を横目で窺う。
ほんの僅か手に力を入れ、喉仏を押さえた。
薬の所為で反応は鈍いが、明らかに苦痛に顔を歪ませている。
雪白はすぐさま手の力を抜き、灰冠を苦しみから解放した。
「なるほどな・・・」
喉を押さえていた手をだらりと垂らす。
「貴様は俺にコレを教えたかったのか・・・」
小さな声で、こぼすように言うと、雪白は再び目を閉じた。
■■■
歓楽街を離れ三十分程だった頃、閑静な住宅街が現れた。
朧気な記憶を頼りに運転手に指示し、目的の建物にたどり着くと、一人暮らしのはずの灰冠の家に明かりが灯っていた。
不審に思いつつも、運転手に代金を支払い、タクシーを下りる。
ただの電気の消し忘れか、オート点灯システムか何かだろうと納得し、灰冠を抱きかかえ玄関に向かった。
灰冠の家は二階建ての一軒家である。
古い建物だが、以前の持ち主がセキュリティに気を付けていたらしく、今では珍しくないが当時では一般家庭にそれほど使用されていなかった網膜スキャン型の電子ロックキーが付いていた。
閉じきっている灰冠の目に人差し指をあて、上瞼を持ち上げて網膜をスキャニングさせる。
電子音と共に開錠された音を聞き、雪白はドアを開ける為に手を伸ばすと、勝手にドアが開いた。
「お帰りなさい」
幼い声に迎えられ、雪白は驚きで声が出なかった。
一年前に来た時には居なかったものだ。
子供?灰冠のか?
見た目、十歳前後。
計算上ありえない事もないが、まさかと思う。
自分の半分ほどしかない身長の少年を無遠慮に見ると、少年も雪白を瞬きもせずに見返した。
合う、目と目。
雪白は少年の目の瞳孔が人間ではありえない動きをしているのに気付く。
よくよく見てみれば、少年は一度たりとも瞬きをしていない。
アンドロイド―――少年の正体に至るが、俄かに信じられない雪白は目の前の少年を繁々と見つめた。
「雪白さん。いらっしゃぁい」
子供らしい甘ったれた口調で言うと、ニカッと笑う。
あまりにもらしくて、本物の人間の子供以外には見えない。
「俺を知っているのか?」
「うん。だって僕『サイ』だから」
サイ―――それは灰冠が自分付きのZKに付けた名前と同じものだった。
それが雪白を知っている理由になるとすれば、それは情報の並列化以外にない。
そう結論を出した時、雪白の足元をかすめるように飛び出して来たネコ型ロボットを見て、少年は声を掛けた。
「あっ! ネコサイお帰り」
「ネコサイ?」
「うん」
答えながら少年は玄関に下り、しゃがむと灰冠の足から靴を脱がせた。
「志狼くん運ばないとね」
「ああ、そうだな」
少年に意識が集中するあまり、すっかり灰冠の事を忘れていた雪白は足を擦り合わせるようにして靴を脱ぎ、灰冠を引きずるようにして家に上がった。
「手伝う」
少年の申し出により、雪白は灰冠の両脇に腕を入れ、上半身を持ち、少年は足を持った。
少年の案内を頼りに進む、迷う事無く寝室に辿り着いた雪白は広いキングサイズのベッドに灰冠を乗せた。
自分の仕事は終わったものと、布団を掛ける事もせず部屋から出ようと踵を返す。
「雪白さん。手伝ってぇ」
少年の声に呼ばれ、雪白は振り返る。
少年は小さな身体を一生懸命動かし、灰冠からジャケットを脱がせようと悪戦苦闘していた。
その姿がほほえましく感じ、微笑する。
「早く手ぇ貸してよぉ」
早く早く―――と、急かされ雪白は少年を手伝った。
ジャケットを脱がし、続いてズボンを脱がせると少年はテキパキとハンガーに掛けクローゼットにしまっている。
次いでだと、雪白は灰冠に掛け布団をかけた。
もう、自分に出来る事は何もないだろうと、今度こそ帰る事を告げるため少年を呼ぶ。
「おい」
固有名詞以外で呼びかけても少年は認識しない。
「サイ」
呼ぶと、少年とネコ型ロボットが同時に返事を返した。
「うん?」
足元に居るネコ型ロボットを見ると、ネコは尻尾を床に叩きつけ「ナ・ニ」と問いかける。
少年もクローゼットを閉めながら「呼んだ?」と聞き返す。
「二体とも『サイ』なんだな」
「志狼くんは軍に居るのを『サイ』、僕の事は『ちびサイ』、ネコは『ネコサイ』って呼ぶよ」
「ネーミングセンスの無い奴だな」
呆れ顔で言う。
「志狼くん、センス無いの?」
「無いだろう。別々の物に同じ名前付けているんだから」
「別々じゃないよぉ。僕もサイもネコサイも同じだよ」
「情報を並列化するからか?」
雪白が問うと、ちびサイは首を左右に振った。
「違う。役目が一緒なの」
「役目?」
「サイは軍から出れない。僕は軍以外ならたいてい何処でも一緒に行ける。僕では役者不足な時はネコサイが同行する。僕は僕の、ネコサイはネコサイにしか出来ない事を学習する。皆で足りないものを補い合って『サイ』を育てるんだ。だから、僕も『サイ』だし、ネコサイも『サイ』なんだ。形は違うけど同じだよぉ」
「分からんな」
「ええ?説明下手ぁ?」
ちびサイは情けない表情を作った。
「そうじゃない。たかがアンドロイドをどうしてそこまでして育てる必要があるのか俺には分からないという意味だ」
「アンドロイドの目標は『より、人間らしく』だって製造者はパンフレットで語ってたよ」
「お前等愛玩用はそれでいいが、ZKは戦闘用・・・人殺しの道具だ。人間らしくする必要はない」
「うんとね。志狼くん。『人は自分に似たものに共感、感情移入し、自分を映す』って言ってた。僕はまだ意味が理解できないけど、雪白さんは人間だから意味分かるよね?」
問われて雪白は困惑した。
ちびサイが口にした言葉は雪白自身、灰冠の口から聞いた事のある言葉であった。
灰冠はその言葉の後、こう続けた。
『父は息子に母は娘に人はより自分に近い存在に自分の夢と希望を押し付けて、自分に出来ない事、自分のやりたかった事をさせる』と・・・
灰冠が父親で、ZKのサイが子供か?
育てて何をさせたい?
あいつに出来ない事、したい事は何だ?
雪白は考える。
だが、何も思いつかない。
認めたくはないが、灰冠に出来ない事はない。
そして、灰冠が死ぬ気で努力すればどんな事でも達成出来ると思えた。
分からない―――。
いくら考えても自分の中に答えなど無いと、雪白は諦め、息を吐いた。
「意味分かったぁ?答え教えてよぉ。お願い」
分からないなぞなぞの答えを聞きたがる子供の様にちびサイにせっつかれ、雪白は困った顔をした。
もしもせっつく相手が灰冠であったなら、眉を吊り上げ「知るか!」と吐き捨てるところだが、ちびサイが幼い子供の形をしている所為で雪白は調子が狂う。
「俺は人間だが、あの男の考える事は分からん」
静かに言うと、ちびサイは萎れた様子をみせた。
「あ・・・。ごめんねぇ。困らせちゃったよね僕・・・」
ちびサイはガクリと肩を落とし、申し訳なさそうな顔をみせると次に俯いた。
俯くちびサイの頭を撫でようと手を伸ばすが、空中でその手を止め、開いていた手の平をギュッと握る。
何をしようというんだ俺は・・・
目の前の物は人間じゃない。
残念なフリをしているだけだ。
慰める必要などない。
ただの物に心を動かされそうになり、雪白は動揺た。
下唇をきつく噛み、頭を左右に振る。
「どうしたの雪白さん。大丈夫ぅ?」
心配そうな表情で雪白を覗き込む。
「やめろ! 心配しているフリなんかするな!!」
怒鳴ると、今度は脅えた表情を作る。
何処までも人間の子供の様で雪白は動揺する。
見た目も、表情も、幼い声も、甘ったれた様な口調も、何もかもが人間の子供らしくて罪悪感が生まれる。
「帰る!」
「嫌だ。駄目!」
ちびサイはドアの前に立ちはだかり、雪白を見た。
「帰っちゃわないで。僕はZKほど優秀じゃないから、看護とか出来ないんだ。明日はお休みだから泊まっていってよぉ」
「退け!」
ちびサイは雪白の足にしがみ付き「やだ、やだ」と頭を振る。
「志狼くんに何かあっても僕じゃ対処出来ない。雪白さん付いて看ててよ。お願いだよぉ」
今にも泣き出しそうな顔で懇願する姿を見て、また心が揺れる。
アンドロイドなどただの物だ。
人間らしい言動、行動を取るが、組まれたプログラムと持っているデータから、その状況に一番相応しいであろう対応を選んで実行しているだけである。
心は無い。
痛みも無い。
血の通わない、ただの物だ。
分かっている。
軍から支給された、アンドロイドZK01でよく分かっている。
ZKは手元に来た時、基本情報しか入っておらず、言葉を話し動くただの人形だった。
それは、今でも然程変わらない。
雪白自身が、そう設定した。
表情は無く、決まった会話、規則正しい行動。
人間らしさなど微塵も無い。
おかげでZKが故障しようが、頭が吹っ飛ぼうが胸を痛めるような事は無い。
アンドロイドなんかに感情移入などしてたまるか、と吐き捨てる。
なのに・・・
目の前のアンドロイドに心を揺らされる。
もしも、ちびサイが起動して間もない頃、如何にも機械らしい時に見ていれば、あるいはここまで人間らしくなければそれ程困惑はしなかったに違いない。
クソ―――と、灰冠の仕事にも、不甲斐ない自分にも舌打ちする。
苦虫を噛み潰した様な雪白の顔を見て、ちびサイは「ごめんなさい」と謝る。
「僕、我がまま言っているよね。でも、志狼くん大切な人だから・・・お願いしまぁす」
しおらしく頼み込まれる。
殴っても、蹴飛ばしても、目の前の物は痛みなど感じない。
むしろ、自分の身体の方が痛む。
邪魔なら力ずくで退かせればいい。
そう、思っているのに結局そうする事が出来ず、雪白は折れる。
「分かった」
雪白の言葉を聞き、ちびサイはパァと明るい笑顔を見せた。
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明け方近く、灰冠は目を覚ますと、頭が重かった。
身体もだるく、寝返りをうつのですら億劫に感じられた。
見えている天井が自室のものであることから、雪白が連れ帰ってくれたのだと分かり安心する。
首だけを右に傾ける。
すると、美しい寝顔が目に入り、ドキッとした。
涼梶・・・?
天変地異が訪れても、雪白が自ら灰冠の添い寝をする訳が無い事は分かっていたので、灰冠は変な期待を持つ事無く、雪白が隣で眠っている訳に思い至る。
人間の耳には聞こえないような小声でちびサイを呼ぶ。
部屋のすみで直立不動にしていたアンドロイドは、ゆっくりと歩いて主人に近付いた。
「呼んだ?」
灰冠が小声で呼んだ事により、ちびサイも小声で話す。
「うん。涼梶をベッドに入れたのは、ちびサイか?」
「うん。ベッド脇のイスに座って寝てたから風邪引いちゃいけないと思って入れたの。駄目だった?」
「いいや。良い仕事したよ。お前」
「えへへ」
褒められちびサイは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
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