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感じる事の出来ないモノ

−2−

 一体どれくらいの間気を失っていたんだろうか?
 気が付けば布状の物で目隠しをされ後ろで両手を縛られベッドだか布団に転がされている。
 服を着ている事からまだ何もされていないようだが・・・
 俺の意識が戻るのを待っていたのだろうか?
 無意識、無抵抗の人間をヤっても面白くないと思っているヤツか・・・
 バカだな。
 ヤれる時にやっとけばいいものを・・・
 目を塞ぎ身体の自由を奪って安心か?
 だとしたら逃げ出すチャンスがある。
 人間は自分が優位だと思っている時必ず隙が出来る。
 隙を何とかして見つけて逃げないとな・・・
 そう考えていた時。
 俺に意識が戻っている事に気付いたのだろうか誰かが近付いて来る気配がした。
 視界を奪われてはいるが仰向けになっている俺の傍に来たのが分かる。
 ギシッと軋む音で自分が寝かされているのがベッドだと分かった。
 冷たい指先が頬を撫でた。
 頬から唇に向かって下ろされる。
 指は唇をなぞり離れていった。
 再び唇に何かが触れ、それが唇だと気が付くのに時間はかからなかった。
 押し当てるだけのものから啄ばむように唇を食んで、そして濡れた舌を割り入れてきた。
 歯を食い縛ったり顔をそむけたりの抵抗もせず相手のしたいようにさせてやった。
 どうせ何も感じないのだから・・・
 俺にとってキスは特別なものではなかった。
 他人と握手をするのとなんら変わらない。
 感触も温度も感じるがただそれだけだった。
 握手は手と手が触れる。
 キスは唇と唇が触れる。
 何の違いもない事だった。
 気持ち悪さも良さもない。
 してもしなくても同じなのだ。
 応える気はないが拒む必要もなかった。
 俺にとっては「無い」事だったから・・・
 舌は遠慮なく俺の口を犯していく。
 舌を絡め根元から吸い唾液を啜られた。
 慣れたキスだった。
 だが、熱っぽいキスでなく何処か冷めた感じのするキス。
 よく知っているキスだ。
 俺がするキスとよく似ている。
 淡々と行うだけのキス。
 まるで自分自身にキスされているような錯覚を覚える。
 俺が何の反応も返さないのをつまらなく感じたのか、キスするのに満足したのか唇は 離れていった。
 散々俺の口腔を蹂躙した唇は頬を伝いながら耳元へ運ばれた。
 耳に息がかかる。
「なんで返してくれないの?」
 囁くようにこぼされた非難の言葉を聞き身体が震えた。
 聞き馴れた声。
 顔なんか見なくても相手の正体が分かる。
 腹違いの弟、志野原晃・・・
 正体が分かった途端頭は真っ白になり反射的に声の主から逃れようと身を捩り這った。
 目を塞がれ何処に逃げ場があるのかも分からないのにもがいた。
 ジタバタと見苦しくベッドの上を這いずっていると、突然身体はバランスを崩し床に落ちた。
 肩から落ちた所為で肩はジンジンと痛んだが耐えられない痛みではなかった。
 逃げる為に身体を起こそうとするが上手く出来ない。
 それは手を縛られているからではなく身体にまだ薬が残っている所為のようだった。
 思い通りに動かない身体を動かそうと必死になっていると引き起こされた。
「逃げないでよ。モエちゃうでしょ」
 その言葉を聞いて俺は猫を思い出した。
 腹いっぱいの猫が遊ぶために鼠を手の中で転がしている姿を・・・
 ベッドの端を背もたれ代わりにし、床に座らせると俺を跨ぐようにしてアイツは俺の上に乗った。
「何のつもりだ!?」
「お仕置きするつもりだよ」
 楽しそうな笑い声が聞こえる。
「ふざけんな!テメーにお仕置きされる覚えなんかねーよ!!」
 俺の憤りなど意に介せず、クスクスとアイツは笑った。
「目隠しと手を解けよ!!」
「目の見える人間の視界を奪うとパニックを起こすって言うけど、本当みたいだね」
「うるさい!早く解け!」
 虚勢にも似た叫びが部屋に消えた。
「不安?」
 嬉しそうに笑う。
 目が見えなくても分かる。
 今、アイツがどんな顔して笑っているか・・・
「目隠し解いてあげようか?」
 素直にうんとは言えなかった。
 アイツが猫撫で声を出す時は大概裏がある。
「キスをちゃんと返してくれたら解いてあげる」
 思った通りだ。
 何か条件を出すだろうと思ったが、どうしようもない事を言い出しやがる。
 何も言わずに黙っていると髪を鷲掴まれ天を仰がせるように向かされた。
「キスと目隠しどっちが嫌?」
「どっちも嫌だね」
 クスッと笑いアイツは唇を重ねてきた。
 滑り込ませるように差し入れられた舌は、俺の舌を絡め取った。
 やはり何も感じはしないが、相手が見ず知らずの人間と晃とでは全然違った。
 兄弟だとか男だと言う事は問題ない。
 問題なのは相手が晃だと言う事。
 コイツにキスされていると、舌を食いちぎられ血を啜られるような気がして落ち着かない。
 心がザワつく。
 不意に目を覆っていた布が解かれ目に入って来た光が眩しくて顔を背けた。
 その拍子に離れた唇は執拗に俺を追うことはなく、そのまま離れていった。
 室内灯の明りに目が慣れるのを待たずに薄く目を開けて見る。
 目の前には11年間見てきた顔が何時もの表情を浮かべていた。
 不敵で尊大で悪魔のような妖しい微笑。
 征服者のように黒い目は真っ直ぐと俺を見下ろしている。
「何で僕を呼ばなかったの?」
 質問の意味が分からず、ただ見つめ返した。
「僕に助けを請うくらいなら連中にいいようにされた方がマシだった?」
 俺は・・・
 コイツに助けを求めなかったのか?
 意識を手放す前にギリギリまで悩んで・・・そして・・・求めなかったのか?
 ならどうして俺はコイツと共に居るんだ?
「どうやって見つけたんだ? って言うか何で分かったんだ?」
 どういう流でこういう状態になったかを確認する為に訊いてみた。
 アイツは薄く笑った。
「最近の盗聴器は性能が良いし、携帯にはGPS機能が付いているのもあるしねぇ」
 コイツは・・・
 何時の間に盗聴器なんか仕掛けやがったんだ!?
 つーか、何処に仕掛けてやがる!!
 携帯は家の人間から渡された物を使っていたが・・・GPS付だったのかよ。
 間抜けもいいところだ。
 クソッ!!
 俺はジロリと晃を睨んだ。
「何で睨むかな? 助けてあげたのに・・・。 助けられて迷惑? 薬を盛られてハメ撮りされて、奴等の犬にされていた方がマシだった?」
 静かな口調だが怒っているのがよく分かる。
 コイツに怒られる謂れはないんだけどな・・・
「別にお前には関係無いだろ」
 そっけなく応えるとアイツは眉を吊り上げた。
「もっと自分を大切にしろよ」
「俺を虐めて楽しんでいた奴が何言いやがる!」
「僕はいいんだよ」
 勝手な事言いやがって・・・
「別に何されても感じないからいいんだよ」
 感じない事は無いのと一緒だからいいんだと言うとアイツは眉間に皺を寄せ目を細めた。
「違うだろ・・・」
 そう言ってアイツは何処に持っていたのか小さな小瓶から何かを口に含んだ。
 直感でヤバイと感じ逃げようと身を捩るが髪を鷲掴みにされ引っ張られた。
 歯を食い縛り出来るだけの抵抗は試みたが口と喉を開かせる為に
 アイツは思いっきり髪を引っ張り顔を天に向けさせた。
 液体はすんなりと食道を通って俺の中に入って行った。
「何飲ませやがった!!」
「最低な気分になれる薬」
 妖しく微笑む。
「最初貢が飲まされた薬は睡眠薬。今飲んだのはアイツ等が次に飲ませようとしていた薬。今日、貢が飲む予定だったものを僕が飲ませただけだよ」
 クスクスと癇に障る笑い方をする。
 飲まされたのは媚薬か何かか?
 クソッ!!
 心の中で舌打ちをした。
「どうするつもりだ?」
「何も感じなければ無いのと一緒? だったら感じたらどうなの? 他の誰にされても何でもない事でも、僕だったらどうかな?」
 アイツは優しく俺の頬を撫でた。
 慈しむように・・・哀れむように・・・
「貢にとって僕は唯一“嫌い”と認識している人間でしょ? さっきの反応良かったよv 僕だと分かった途端にジタバタと逃げようとして・・・凄く嬉しかった」
 うっとりとした声で言う。
「僕にされたら無かった事になんか出来ないね」
 そう言うとアイツは優しく額にキスをした。
「媚薬と僕によって引きずり出される快楽はどんな感じかな?」
 今度は瞼にキスをした。
「どんなに不快だろうね?」
 酷く冷徹な目で俺を見下ろし・・・
 アイツは・・・
 笑った。
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