優しい匂いシリーズ

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白い記憶・黒い凍み
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感じなければ無い事と同じだと思っていた。

誰と寝ようと、何処で何をしようと思い出さなければ・・・

忘れてしまえばそれは無いのと一緒だと信じていた。

俺は誰に何をされても心を動かされる事なく、何も感じなかった。

だから生理的に受け付けない女以外とだったら、誘われれば誰とでも寝た。

正確な人数は分からないが、多分三桁の女と寝ている。

それでも、俺にとってそれは無かった事だった。

光に出会うまでは・・・

あった事は無くならない。

忘れていたとしても、それは必ずどこかに残っている。

身体に・・・

心に・・・

俺は後悔した。

もっとキレイに生きてくれば良かったと。

誰に何をされても感じないのであれば、誰とも何もせずに過ごせば良かったと。

そうすればあの時、光に喜んでこの身体を差し出せた。

そう、あの時・・・

初めて光が俺を求めてくれたあの夜に・・・





■■■

夏休みに入ってから、俺はとにかく忙しかった。

弓を引いたり、体育の出席日数を稼ぐ為に学校のプールに通ったり、出席日数の危ない教科の補習にでたりと。

正直、夏休みの補習参加の話を担任に言われた時、うんざりした。

実は去年も各教科から補習に出ろと言われていたが、面倒で出なかったのだ。

成績が良くても出席日数が足りない者は進級させないと学校側は言っていたが、俺は無事に進級した。

学校側としては、成績がよければ何をしてもいいとは言えないのだろう。

社会には常に建て前と本音が存在する。

俺が進級したのがいい証拠だった。

補習に出なくても進級出来ると分かっていたので、今年も不参加でいようと思ったのだが、光はそれを許さなかった。

補習に出なければ自分も俺の家に来るのをやめると言ったのだ。

光が家に来なければ俺は廃人のようになってしまう。

そうなると知ってて、優しい光が俺の家に来るのをやめられるはずがない。

分かっている。

だが、光にそこまで言われて無視する訳にもいかず、俺は渋々補習に出る事にした。

乗り気でない俺の為に、光は学校へ行く時は必ず一緒に付いて来てくれた。

登下校の何気ない会話が嬉しくて、楽しかった。

退屈な補習が、光のおかげで楽しいものになった。

補習を全て終わらせ、光がバイトでいない間に宿題も全部片付け、残りの休みをゆっくりと二人っきりで過ごしたいと考えていた。

何処かに出かけるのもいいが、家で光とごろごろして過ごすのも良いと思った。

実際、最初の頃は、映画館などにも行ったが、周りの目が気になって光に触れる事が出来ない事にストレスを感じて、結局家で過ごしてばかりになった。

夏休みも終わりに近付いてきた頃、光るから急に親戚の別荘に行かないかと誘われた。

本心を言えば行きたくなかった。

何故なら光の兄貴とその友達のマサヤとか言うヤツも一緒だったからだ。

他人がいる所では、光とベタベタする事など出来ない。

ストレスが溜まる事は容易に想像がついた。

それに聞けば近くに海もあると言う。

海になんか行けば、男に飢えた女が群がってくるに違いない。

そんな事、冗談ではない。

もしも、万が一、いや・・・そんな事は無いと信じたいが・・・

光が女を気に入ってしまったら、俺にはどうする事も出来ない。

女と寝て、光と別れさせる事は出来るだろうが、そんな事をすれば光に恨まれるかもしれない。

以前、光の彼女だと思った女と寝た事がある。

勿論、別れればいいと思って寝た。

その時は、女が光の本当の彼女でない事もあって許してもらえたが、二度も三度も許してもらえるなんて思っちゃいない。

どんな小さな危険も、不安も見過ごせないほど、光は大事な存在だ。

何処で、どんな出会いがあるか分からない。

夏の海など普段恋愛に遠い人間でも何故か恋に落ちるものらしい。

海なんか行きたくない。

そう思っていても、電話から聞こえる光の声が弾んでいる。

行きたいのだと分かってしまう。

俺は不安な事を頭のすみに追いやって、海に行く事を了承した。

海へ行くと案の定男に飢えた女が光に近付いたが、光は女に目もくれなかった。

俺はそれがとても嬉しかった。

女に対する不安が直ぐになくなり、海で光と過ごせて俺は幸せだった。

結局、何処であろうと光さえいれば俺は楽しいし、幸せなのだ。

光が全てを握っている。

喜怒哀楽、どの感情も光だけが俺に与えられる。

それ程に光の存在は大きい。

だから、俺は光の為になら何でも出来る。

どんなに辛い事でも、汚い事でも、命をかける事も出来る。

そう、本気で信じていたのに・・・

あの日。

光の親戚の別荘へ行き、夜花火を買った帰りだった。

バカな男五人に絡まれ喧嘩になり、二人で五人の男を伸して別荘へ戻る途、光が豹変した。

喧嘩に興奮したのか、血の匂いに興奮したのか、光が雄の顔をしていた。

腹を空かせた肉食獣の様に獰猛で、普段とは別人の顔。

不意に近付いて来た顔。

当然されるキスは、何時もの触れるだけのものでなく、力任せで息をするのも困難なものだった。

苦しいだけのキスだったが俺は嬉しかった。

自分を抑えきれないくらい、光が俺を求めてくれるのが嬉しかった。

ただ嬉しくて、嬉しくて感情があふれ出す。

胸が一杯になり、光にしがみつく。

多分、掴んでいる手には相当な力が入っているはずなのに、光は「痛い」と不平をもらす事もしない。

それどころかキスを止める事もしない。

俺は夢中で光のキスに応える。

光の手が服に忍び込み、胸に振れた時。

俺は突然恐くなって、光を押し退けた。

突き飛ばされて我に返った光は驚いた顔をしていた。

自分の行動にか、俺が拒んだ事に対してか、あるいはその両方にか。

気まずい空気をはらう為に、わざとからかう様な口調で言った。

「こんな所で血迷ってんなよ。誰かが来るかも知れないだろ?」

普段なら恥ずかしそうに顔を赤らめ、慌てて謝るところだが、その時の光は無表情なまま小さく「すみません」と低い声で言っただけだった。

気まずいまま別荘へ帰ると、花火の到着を待っていたマサヤが玄関までで迎えに来た。

マサヤを前にした途端、光は何時もの光に戻っていた。

四人で花火をし、部屋に戻ると光は部屋を出て行くと言った。

別荘は上と下に客間が二つずつあり、下の部屋を光の兄貴とマサヤで一つずつ使い、上の二部屋のうち一部屋を二人で使っていたのだ。

部屋を移る理由はさっきの件だろう。

寂しさと申し訳なさを感じる反面、俺は安堵した。

また光に求められたら俺は上手くかわす自信がない。

だって、俺は光が好きなんだ。

光の望むのであれば何でもしてあげたいし、させてあげたい。

だから恐い。

「それじゃ、お休みなさい」

目も合わす事無く、背を向け出て行こうとする光の姿に胸が痛んだ。

多分、光は誤解している。

俺は、SEXを拒んだ訳じゃない。

ましてや、お前を拒んだわけでもない。

SEXなんか慣れきってしまっていて、俺にとってそれは大した事ではない。

モラルも羞恥心もプライドも無い。

優しく抱かれるのも、強引に力ずくで犯られるのも、それがどんなものであってもお前から与えられるものだったら嬉しいだけなんだ。

俺に抱かれたいと言うなら、細心の注意をはらい快楽以外の何ものも与えないようにする。

お前じゃない。

ただ、俺は恐い。

お前に胸を触れられた時に思い出した。

昔、誰かに言われた事。

俺とのSEXは虚しくなると・・・

機械的で、感情の無い空虚なSEX。

不感症な俺の身体はくすぐったさと痛みはは感じるが、それ以外は何も感じない。

もしも、なんの反応もしないこの身体をつまらないと飽きられたら・・・

もしも、感じている演技をしてその空々しさに呆れられてしまったら・・・

その前に、この汚いからだを見て幻滅されでもしたらと考えるだけで恐い。

お前に嫌われるのが恐い。

お前に捨てられるのが恐い。

お前を失うのが恐い。

だから本当の事は言えない。

言えば、お前は必ず「気にしない」と言うに違いない。

言われれば、俺は全てを曝さない訳にはいかなくなる。

お前は優しくて良いヤツだ。

信用しているし、信じている。

だが、知って恋が冷めない保障は何処にも無い。

可能性が1%でもある限り俺は恐い。

恐くてお前とは寝れない。

ごめん。

ごめん。

俺は、何度も心の中で光に謝った。

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