優しい匂い
貢サイド-2-
新しい抱き枕を探すのも面倒になり家に帰る事にした。
電車を二本乗り継いで地元に戻ると二十二時を過ぎていた。
寝酒を手に入れるため駅周辺にあるコンビニに入ったが、そこでは酒の取り扱いはしておらず、手に入れる事が出来なかった。
俺はこの街に越して来てからまだ二ヶ月だったので、何処に何があるのかよく分からず、二十二時を過ぎてから酒が手に入る場所が分からなかった。
酒と書かれた看板をフラフラと探し始めた。
適当な路地を出たり入ったりしているうちに、段々自分が何処に居るのかが分からなくなった。
迷ったな・・・
ぼんやりとそんな事を考えていた所に酒と書かれた看板が目に飛び込んで来た。
店のシャッターは半分閉まっていたが、駄目もとで店の中に声をかけた。
「すみません。もう終わりですか?」
店の奥から仏頂面した四十後半くらいのスキンヘッドの厳ついオヤジが出て来た。
「もう、終いだよ。買うならとっとと買って帰りな」
オヤジは面倒くさそうに頭を掻きながらレジの中に入った。
適当な酒を五本選びレジに持って行くと店のオヤジは酒を見てから俺をジロッと睨んだ。
きっと未成年のくせにとか思っているのだろう。
睨んだだけでオヤジは何も言わずレジを打った。
俺はビニール袋に入った酒を持って店を出た。
店を出て窮地に陥った。
路地を適当に曲がっていたため帰り道が分からなくなっていた。
来たのは右から来た。それだけは分かっている。
ただその先は全く分からない。
店の前で途方にくれていると・・・
「先輩!」
咄嗟に声のした方を向いた。
黒い影がこっちに向かって手を振っていた。
俺の後ろに誰か居るのではないかと振り向いたが誰も居なかった。
確かに影は俺に向かって手を振っていた。
俺の立っていた場所は店の灯りで明るかったが、影が立っている場所は店の灯りの届かない場所の為真っ暗で顔が見えなかった。
一体誰なんだ?
影の正体を探っていると影はドンドン俺に近付いて来た。
灯りが届く距離まで来て漸く影の正体が分かった。
いや、分からなかった。
顔はハッキリ見えたが、誰だか分からなかった。
百七十八センチある俺よりも十センチぐらい高い。
身体つきのガッシリとした体育会系の男だ。
ニコニコと屈託の無い優しい笑顔を浮かべている。
こんな後輩居ただろうか?
「あっ! 有り難う御座います!」
いきなりペコリと頭を下げた。
訳が分からないと言った顔をしていたのだろう、男は慌てて説明をした。
「この店、俺ん家なんです」
酒屋を指差しながら言った。
ああ、なるほど。
そう思ったが言葉には出さなかった。
沈黙を重たく感じたのか慌てて質問を発した。
「その酒全部先輩が飲むんですか?」
「・・・」
「志野原先輩は酒好きなんですか? 俺、酒屋の息子のくせに全然酒駄目で・・・」
話を合わせるどころか何の反応もしない俺に男は顔を強張らせた。
「やっぱり先輩怒っています?」
やっぱりって何だ?
俺を怒らせるような何かをコイツはしたのか?
だとしたら俺がコイツを覚えていないはずが無い。
俺のモットーは恩は二倍、恨みは十倍返しだ。
何かされていたらその場で半殺しぐらいにはしているはず。
コイツの表情を見ている限りじゃ俺にボコボコにされた様子はないし・・・
「起こすべきでしたよね?そのままにして行っちゃってスミマセンでした」
あ!
ああ!
屋上で寝ていた一年か!
俺は漸く目の前の男が探していた一年だと気が付いた。
「志野原先輩があまりにも気持ちよさそうに寝ていたもんだから・・・授業遅刻しちゃいましたよね?すみません」
「放課後まで寝ていたよ」
「ええ!すみません!俺の所為ですね。ごめんなさい」
泣きそうな顔をしてペコペコ頭をさげた。
「授業サボるのは何時もの事だから気にしなくていい」
「え? 怒っているんじゃ・・・」
「怒ってなんていないよ。それどころか感謝しているんだ」
俺にそう言われて驚いた顔をしている。
「感謝? 俺何かしましたっけ?」
「まぁね」
男は訳が分からないのだろう。腕組みをして小首をかしげた。
可愛かった。
俺より大きくガッシリとした身体つきの男だが何故かそう感じた。
男が「う〜ん」と唸りながら言葉の意味を考えているのを横目に俺は抱き枕の事をコイツに頼むかどうかを考えた。
良く知りもしない、しかも男の添い寝なんてするだろうか?
俺だったらしない。そんな気持ち悪い事。
いきなりこんな頼み事をして目の前の男に避けられたりしたら、俺に安眠の日々は永遠にやって来ない気がした。
この男に抱き枕をしてもらうにはどうすれば良いだろう。
俺はあれこれと考え、ある考えに至った。
友達と言う関係を築いたらどうだろうかと。
過去に1人として友達と言うものを作った事がない俺には、友達と言うモノがどんなモノなのかさっぱり分からないが、何処の誰とも知らない未知の存在より幾分かは引き受けてもらえる確率が上がるはずだ。
今まで一度も試みた事はないが、まずは友達になる事から始めよう。
どうやって友達になるか・・・
まずはそこからだな。
考えがまとまった調度その時だった。
「志野原先輩眠れるようになったんですね」
急にそんな事を言われ俺は驚いた。
今日初めて会ったコイツが何故不眠症の事を知っているんだ?
いや、その前に何で俺の名前を知っているんだ?
俺はその疑問を男にぶつけてみた。
男は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「だって志野原先輩目立つから・・・」
目立つような事を何かしただろうか?
中学の頃はバイクで校内を走ったり、窓硝子を割ったりと色々やったが・・・
高校に入ってからはそんなバカな真似はしていない。
・・・・・・・・。
・・・いや、やったかもしれない。
不眠症になり酒も薬も効かなくなりヤケクソに両方いっぺんに飲んで悪酔いし、救急車で病院に運ばれた。
あれか?
「先輩かっこいいから女子の間ではFan倶楽部とかあるんです」
俺の予想を裏切った答えだった。
何だそういう意味か・・・
「お前も入っているのか?」
「ちっ違いますよ! Fan倶楽部会報を見た事があるだけで・・・」
分かっている。冗談だ。
一々素直な反応をして可愛い奴。
それにしても、会報まで出ているのか・・・女やる事は分からん。
だが、そのおかげで俺の事を説明する手間が省けた。
俺は考えた。
俺が不眠症だと知っているこの男に抱き枕を今頼むべきか、ある程度の関係を築いてから頼むべきか。
もう、1週間近くも寝ていない。
どうやって友達になれば良いのかその方法さえも分からないのに、関係を築いてから申し込みをするなんて気の長い話だ。
第一、関係を築ける保証は何処にもないのに、待つ余裕なんてないだろう。
散々考えぬいた末、俺は意を決した。
「お前これから暇?」
「はい?」
「バイトをしないか?」
「バイトですか? これから?」
「俺と寝て欲しい」
いきなりの申し出に男の動きが止まった。
そりゃあそうだろう。
男に『寝て欲しい』と言われて驚かない男は居ない。
俺の方も平静を装っていたが、内心少しドキドキしていた。
断られる確率の高い頼み事で、しかも断られれば俺に安眠の日はやって来ない。
コイツはいい奴みたいだし、俺が不眠症だと知っている。
金さえ出せば寝てくれるかもしれないが、いくら出されても生理的に受け付けない事だってある。
早まっただろうか?
やはり友達になってから頼むべきだっただろうか?
俺がそんな事を考えながらグルグルしていると男は意外な答えを返してきた。
「あの・・・俺そういう経験ないんで上手く出来る自信が無いんですけど・・・」
何か大きく勘違いしているようだった。
『寝る』の意味をそっちで取ったか。
それにしても上手く出来る自信が有れば、そっちの意味で寝てくれるつもりなのだろうか?
「そうじゃなくて俺が言った寝るは添い寝して欲しいって事で・・・」
「はい。ですから人と一緒に寝た事無いんで・・・」
勘違いはしていなかったらしい。
添い寝に上手いも下手も無いだろうに・・・。
「一緒に寝てくれる気持ちは有るのか?」
「はい! それは勿論!」
「ならそれで十分だ。一緒に来てくれ」
「はい! ちょっと待ってて下さい!」
男は慌ててシャッターを潜り、店の中に入っていた。
五分位経って、男は入って行った時と同じ勢いで出て来た。
軽く息を切らせながら「お待たせしました」っと、ニッコリ笑った。
見れば、背中には大きな黒いリュックサックがパンパンになって引っ付いている。
一体何が入っているんだかな。
「さあ、先輩行きましょう!」
俺の手から酒の入った袋を奪い取りズンズン歩いていく。
「ちょっと待て! 何処に行くのか分かっているのか?」
男の動きがピタリと止まり振り向く。
「あの・・・先輩の家は何処でしょう?」
恥ずかしそうに頭を掻きながら近付いてくる。
「俺にも分からない」
「はい?」
俺は自分が現在地を見失っている事を告げると、男は納得したという風に軽く笑った。
「とりあえず駅まで連れて行ってくれ」
「はい!」
元気に返事をして男はズンズン歩き始めた。
コイツが現れなければ俺は数十分この界隈を闇雲に歩いていたに違いない。
コイツに会えて本当に助かったと心底思った。
◆◇◆
男に案内されて駅まで戻って来た。
夜十一時を過ぎた駅には、会社帰りのサラリーマンの姿が疎らにあった。
俺は電車に乗ろうと財布を開けて見るが、小銭が数枚有るだけで紙幣は一枚も無かった。
ホテルと酒を買った事で全ての金を使い果たしたらしい。
これではホテルに泊まるどころか繁華街に行く事すら出来ない。
「先輩どうしたんですか?」
「どうもしてない。行くぞ」
金を取りに家に戻る事にした。
男は俺の半歩後ろから付いて来た。
そういえば・・・。
「お前名前なんて言うんだ?」
「え? すっすみません!」
男は慌てて俺の前に回りこんだ。
デカイな。
デカイうえにガタイもいい。
真正面に立たれると威嚇されている気になる。
顔が凄んでいればの話だが。
こっちが身構えなくて済んでいるのは、育ちのよさそうな端正な顔に人好きする笑顔を浮かべているからだ。
「自己紹介が遅れました。碧校一年、稔川《みのりかわ》 光《ひかる》です」
丁寧に頭まで下げて挨拶した。
稔川光。
稔川光。
海馬に深く刻まれるように繰り返し繰り返し男の名前を心の中で呼んだ。
と言うのも、俺は人の名前を覚えるのが苦手だ。
今まで付き合った奴に始まり、クラスメイトまで顔と名前が一致しないのが殆どだ。
人の名前など呼ばなくても何とかなってしまうからな。
深い付き合いをしなければ・・・。
「光でいいか?」
「はい! 好きに呼んでください!」
そう言ってまた俺の後ろに回った。
「光」
「はい!」
名前を呼ばれて、嬉しそうに返事をする。
何だか犬のようである。
俺はずっと疑問に思っていた事を口にした。
「お前よく屋上の鍵を持ち出せたな」
「ああ、あれはですね。俺生徒会なんです」
意外な答えに思わず振り返った。
「生徒会? お前が?」
「見えないですよね?」
アハハっ、と照れた様に頭を掻いた。
確かに見えない。
運動部の部長にはなっても生徒会には入りそうもない感じだ。
それにウチの高校の生徒会はなろうと思ってなれるものでもない。
成績優秀で人望もなくてはならないし、一年でなるには生徒会の人間から推薦してもらわなくてはなれない。
コイツは結構出来る男なのか?
「今週は俺当番で朝学校の旗を上げていたんですけど、その時に忘れ物をしちゃいまして特別に貸してもらったんです」
「で、ついでに昼寝をした訳か?」
「はい」
ヘラヘラと人懐っこい笑顔はどう見てものほほん系で、出来る男には見えないが・・・まぁいいか。
話をしているうちに俺の住むマンション前まで来ていた。
オートロックを開錠し光を連れ立ってエレベーターに乗ると、最上階の十五階で降りた。
鍵を開けドアを開けてやると光はおずおずと中へ入り、良く通る声で「お邪魔します」と部屋の奥に向けて言った。
「気を使わなくていいよここには俺しか住んでいないから」
「一人暮らしなんですか?」
「足元見てみろよ俺の靴しかないだろ?」
言われた通り光は玄関を見回す。
「ここってワンルームじゃないですよね?」
「3LDKだったと思うが・・・それがどうかしたか?」
「凄いですね」
確かに高校生の一人暮らしに3LDKは贅沢だと思う。
正直、俺はオンボロアパートに住んだって本当は構わないのだ。
ただ金の出資者は俺に何の興味も無いくせに世間体だけは気にするような人間だからそれを許さないし、税金対策で借りているマンションが幾つもあるからその中で一番安くて学校に近い物件を選んだのだ。
「ちょっとここで待ってくれ」
光を玄関先に置き俺は金を取りに奥の部屋へ入って行った。
ベッド脇にあるチェストの一番上の引き出しから財布を取り出し、数万円を取り出して玄関に戻った。
「先に払っておく」
俺は三万を光に差し出した。
「何ですかこれ?」
「俺と寝てくれる代価」
「こんなに沢山・・・」
「金なら幾らでもあるんだ気にしなくていい」
「バイトそんなにしているんですか?」
「バイトなんかしていないよ。月に三十万小遣いとして貰っている。催促すれば幾らでも貰えるんだ・・・」
俺の言葉を聞いて光の顔色が変わった。
「俺、そんな金要りません」
笑顔は失せ、怒っているようだ。
「自分で稼いでいない金は受け取りたくないし、働いていない人から金なんか貰いたくないです」
どういう出所の金だって、金だろう。
「最初にバイトだって言っただろ。金の為に俺と寝る事を了承したんじゃないのか? それとも他に目的でもあるのかよ・・・」
「他の目的?」
「例えば・・・俺とか・・・?」
光は眉間に皺を寄せたまま目を瞑りゆっくりと息を吐いた。
「そうですね。先輩が目的です」
こいつも俺の見てくれに騙されたくちなのか・・・。
母親がハーフだった所為か、俺は目も髪も色素が薄く整った顔立ちをしているらしかったので、男も女も寄って来た。
俺の中身とは関係なく。
コイツもそうなのか?
「先輩は不眠症だと聞いていたのに、俺の側で気持ち良さそうに寝ていたから・・・誰かか傍にいれば眠れるのかと・・・」
・・・・・・。
「男の俺に添い寝頼むくらい切羽詰っているみたいだから、少しでも先輩の役に立てればと思ってきたんですけど・・・」
・・・俺は・・・。
「金の為に来たと思われていたんですね? 金を出せばなんでもする男だと・・・」
自分が嫌っている人間と同じ人間に何時の間にかなってしまっていた。
金さえ出せば全てどうにでもなると思っている父親を俺は軽蔑していたはずなのに・・・
そんな男から貰った金で俺は光を買おうとしたのだ。
損得勘定なしに来てくれた光を金と俺の見てくれに釣られて寄って来た連中と同じに見ていた。
俺を取り巻く浅ましい連中から感じるベタベタとした感じをコイツからは全然受けなかったというのに・・・
俺はアホだ。
光を傷付けたに違いない。
呆れただろう。
嫌われた。
コイツにも・・・。
・・・!
頭の中を何かが過ぎった。
何かを思い出した気がしたが、それが何なのか分からない。
変な不安感に襲われ一歩後ろに下がる。
グニャ・・・。
足が骨を失ったように上手く立てない。
バランスを崩す。
急に全てのものがスローモーションになっていく。
平行感覚が失われ、前だか横だか後ろなのかわからずそのまま倒れていった。
光が呼んでいるみたいだったが、声が遠くて分からない。
身体が重い。
周りの物がゆっくりゆっくりと消えていった。
◆◇◆
目を開けると見慣れた天井が見えた。
ただそこには何時も無いものがあった。
光・・・
心配そうに俺を覗き込んでいる。
「先輩大丈夫ですか?」
俺は・・・気を失っていたのか?
見ればベッドに寝かされていた。
ここまで運んでくれたのか?
重かっただろうにさすがガタイが良いだけはあるな。
変な事に関心した。
「・・・たよ・・・」
「はい?」
喉が引き攣って、上手く言葉が発せられなかった。
「悪かった・・・さっき・・・」
やっとそれだけを搾り出した。
「呆れたろ・・・?」
声が震え、掠れる。
「先輩大丈夫ですか! 何処か痛いんですか?」
光が慌てている。
言葉の意味もよく分からない。
・ ・・・・!
耳の中に何かか流れ込んで来た。
ゆっくり、ゆっくりと。
俺は右手で耳の付近を拭う。
手に透明な水のようなモノが付いた。
訳が分からなかった。
顔の至る所を拭った。
・・・俺は泣いていたのだ。
気付くと俺の口からは嗚咽がこぼれていた。
不意に気管支に唾液が詰まり、咳き込む。
「ゲホッゲホッ!」
苦しさから身体を翻してうつ伏せになり身を丸めると、光は心配そうに俺の顔を覗き込みながら背中を軽く叩いた。
「先輩大丈夫ですか?」
俺は光の腕にしがみ付いた。
「・・・・・・に・・・で・・・く・・・れ・・・・・・」
噎せ返って上手く喋れない。
「・・・なら・・・ないで・・・くれ」
「何ですか先輩?」
「嫌いに・・・ならないで・・・くれ」
咳き込みながら何とかそれだけを搾り出した。
息が整うにつれハッキリと「嫌いにならないでくれ」と繰り返し繰り返し、哀願する様に頼んだ。
しがみ付いている手に力がこもる。
「先輩を嫌いになんてなってないですよ! 落ち着いて下さい! 大丈夫ですから!」
俺は自分が何をしているのか分からなかった。
ただ、ただ止まらなかった。
◆◇◆
一体どれ位そうしていたのだろうか?
俺は光にしがみ付いたまま動こうとはしなかった。
光は俺がしがみ付いている所為で動く事が出来ず、ただただ優しく俺の頭を撫でていた。
涙もすっかり止まり、頭もある程度ハッキリしていた。
さっきは必死になって言葉を発していたのに、今は喉の奥が詰まり言葉が出てこない。
このまま・・・眠りたい・・・。
静まり返った部屋に光の声が流れる。
「先輩落ち着きましたか? ちゃんと寝た方が良いですよ。俺、傍に付いていますから寝てください」
傍に付いてる?
「一緒に寝てはくれないのか?」
ぼそり、小さくか細い声で言った。
「寝るのは構わないですけど俺店の手伝いしたから汗臭いですよ・・・」
光は、慌ててそう言った。
そんな事は構わない。
俺は返事をする替わりにしがみ付いていた手に力を込めた。
それを返事と受け取ったのだろう。
光は「失礼します」と言って、ベッドの中に入って来た。
緊張しているのだろうか、光の身体には妙に力が入っている。
俺は、光の広い胸に深く顔を埋める。
確かに汗の匂いがしたが気にはならなかった。
屋上で感じた甘い匂いと混じってよりいっそう甘い匂いに感じられた。
堪らない匂いだった。
ドクン。ドクン。
光の心音が伝わってくる。
早いな。
こんなに緊張していたら疲れるだろうに・・・。
最後に思っていたのはそんな事だったと思う。
俺は何時の間にか眠りについていた。
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